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「wamだより」VOL.33(2016.7)

以下は、「wamだより Vol.33(2016.7)」に掲載した文章です。


ユネスコ世界記憶遺産 その目的と「日本軍『慰安婦』の声」の登録申請

渡辺美奈(wam事務局長)

2016年5月末日、ユネスコ記憶遺産に日本軍「慰安婦」関連資料が登録申請されたと報道がありました。「新たな政治的火種」といった表現も見られましたが、そもそもユネスコの世界の遺産登録の目的とは何でしょうか?

 

1.ユネスコと日本

ユネスコは正式には国際連合教育科学文化機関(UNESCO:United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization)といい、国連の専門機関の一つとして1946年11月創設されました。日本はサンフランシスコ講和条約で主権を回復するよりも、また国連に加盟するよりも前の1951年7 月にユネスコに加盟しました。その背景には、「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和の砦を築かなければならない」と書かれたユネスコ憲章前文に感銘を受けた日本の人々が、1947年の仙台を皮切りにいち早く「民間ユネスコ運動」をスタートさせるなど、国内での盛り上がりがありました。

第二次世界大戦直後に創設されたユネスコは、その憲章第1条で、「国連憲章が世界の諸人民に対して人種、性、言語又は宗教の差別なく確認している正義、法の支配、人権及び基本的自由に対する普遍的な尊重を前進させるために、教育、科学及び文化を通じて諸国民の間の協力を促進することによって、平和及び安全に貢献すること」を目的として掲げており、単純な文化振興機関ではありません。教育、自然科学、人文・社会科学、文化、情報・コミュニケーションの分野でユネスコは実に幅広い活動を行っています。

 

2.「世界遺産」とは

一方、日本で最もよく知られているユネスコの活動は「世界遺産」かもしれません。観光誘致のイメージが強い「世界遺産」ですが、そのきっかけは、1960年代、ナイル川のアスワンハイダム建設による水没からアブシンベル神殿を救うため、ユネスコが遺跡群を移築して保存する国際キャンペーンを行ったことでした。これを契機に世界的な文化遺産を保護する考え方が打ち出されました。また1965年に世界の優れた自然や歴史的地域の維持管理を支援する仕組みが米国から提案され、その流れで1972年に世界遺産条約がユネスコ総会で採択されました。能楽や和食など「形のないもの」を保護するための無形文化遺産保護条約は、それより30年後の2003年採択です。日本は1992年に世界遺産条約を、2004年に無形文化遺産保護条約を締約しています。

 

3.「記憶遺産」~記録の遺産を保護するために

自然や遺跡、あるいは形のない文化に限らず、人類はさまざまな記録を残してきました。それらの「記録遺産(Documentary Heritage)」を保護するために設置されたのが、「世界の記憶(Memory of the World)」です。このプログラムは、「世界遺産」のように条約に基づくものではなく、ユネスコの推進する事業の一つとして1992年にスタートしました。1990年代初頭、民族紛争や冷戦終結など世界全体で激変が起こる中で、移動可能な記録物は略奪や散逸などで危機的状態にありました。人類の記録遺産を保護し、適切な形で保管してすべての人にアクセス可能にすることが基本的な目的で、そのためには記録遺産に対する理解を深め、価値を高めていくことも必要でした。そのような背景から1995年、プログラムの一環として記録遺産を登録する仕組みができました。これを日本政府は「記憶遺産」と訳し、報道等では「世界記憶遺産」とも表記してきました。日本政府はこのほど、条約に基づく「世界遺産」との差別化をはかって「世界の記憶」に訳語統一しましたが、このプログラムの意義が損なわれることはありません。

分類 世界遺産*1 無形文化遺産 記憶遺産
登録例 【自然遺産】屋久島、知床、白神山地(日本)など 【文化遺産】原爆ドーム、明治日本の産業革命遺産(日本)、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所(ポーランド)、ビキニ環礁(マーシャル諸島)など 能楽、歌舞伎、和食、和紙、フラメンコ、地中海の食事など シベリア抑留・引き揚げの記録(日本)、アンネの日記(オランダ)、光州事件(1980.5.18)関連記録、国家テロに対する真実、正義、記憶に関する記録物1976-1983(アルゼンチン)など。※p.5の本文も参照のこと
申請者 締約国政府が申請*2。個人や団体は不可。 締約国のほか、個人や団体も可*3
審査方法 締約国政府が「暫定リスト」に推薦予定のものを記載したうえで、ユネスコ世界遺産センターへ推薦書を提出。その後、諮問機関が審査(自然遺産ならIUCN〈国際自然保護連合〉、文化遺産、無形文化遺産ならICOMOS〈国際記念物遺跡会議〉)が調査および審査し、「世界遺産委員会」(締約国から選出された21ヵ国で構成。任期6 年)が可否を決議。 図書館やアーカイブの専門家14 人で構成される「国際諮問委員会」が、ガイドラインに基づいて審査・推薦し、ユネスコ事務局長が決定する。「国際諮問委員会」は、審査にあたって提出された記録物に関連する専門家(レフリー)に照会することができる。

*1 「世界遺産」の登録基準は文化遺産と自然遺産に分かれていたが2005年から統合され、文化遺産、自然遺産、それらが合わさった複合遺産をまとめて「世界遺産」としている。
*2 「世界遺産条約関係省庁連絡会議」(外務省、文化庁、国土交通省、林野庁、水産庁、環境省/オブザーバー:文部科学省、農林水産省)を経て選定される。
*3  日本ではユネスコ活動に関する法律(1952年)に基づき、文部科学省内に「日本ユネスコ国内委員会」が設置されている。「記憶遺産」はこの下にある「ユネスコ記憶遺産選考委員会」が2 年に1 回2 団体を選考している。しかし多国間による国際申請はこの手続きを踏む必要はない。

 

4.「日本軍『慰安婦』の声」、登録申請

「日本軍性奴隷制を生き抜いた女性たちの証言を次の世代に残していきたい」。現政権のもと、「慰安婦」被害をなかったことにしようとする動きが強まる中で、この思いは具体的になっていきました。2015年初頭、韓国からの呼びかけでユネスコ記憶遺産登録申請に関する相談会が始まりました。数回の勉強会やミーティングを経て、2016年5月31日、日本軍性奴隷制に関わる資料を韓国、中国、台湾、フィリピン、インドネシア、オランダ、東ティモール、日本の8ヵ国の民間団体によって構成される「国際連帯委員会」と、「大英帝国戦争博物館」が「日本軍『慰安婦』の声」というタイトルで共同申請しました。申請者ではありませんが、日本軍性奴隷制に関わる公文書等を保管する韓国、中国、オランダ、英国、オーストラリア、米国の公文書館が登録申請を了解してくれています。

日本にある資料の登録申請にあたっては「日本委員会」を組織し、被害者による裁判を支援してきた、在日の慰安婦裁判を支える会、山西省・明らかにする会、中国人「慰安婦」裁判を支援する会、フィリピン人元「従軍慰安婦」を支援する会、台湾の元「慰安婦」裁判を支援する会、そしてwamが構成団体となっています。各国から申請した資料を合計すると2,700点以上にのぼりますが、日本からの申請では、沖縄に連行された被害者、裵奉奇(ペポンギ)さんから聞き取りをした川田文子さんの録音テープやノート、在日の宋神道(ソンシンド)さんの証言テープと裁判での陳述、山西省・明らかにする会が中国の被害女性から聞き取った録音テープと書き起こし記録、そして城田すず子さんが書き残した膨大なノートなどがあります。また、インドネシア、東ティモール、フィリピン、中国の資料申請には、日本の支援者も協力しました。当初は韓国政府の財政援助がありましたが、2015年12月の日韓「合意」を機に資金を凍結、その後はまさに民間の努力で申請までこぎつけました。

 

5.日本の加害の歴史をめぐって

ユネスコの「世界遺産」や「記憶遺産」をめぐっては、日本の加害の歴史に関わる案件が登録されそうになると、日本は「政治利用だ」と主張しているように見えます。

2015年7月5日に「世界遺産」として登録が認められた「明治日本の産業革命遺産」については、23施設のうち7施設で朝鮮人労働者の強制労働があったとして韓国政府が抗議していました。日本政府は批判を避けるために対象期限を1850-1910年に限定したそうですが、登録する「場所」には1910年以降に強制労働させられた朝鮮人が働いたわけで、この事実に触れない方がおかしいと考えるのは至極当然でしょう。「世界遺産」は別表のように、締約国による「世界遺産委員会」で決定されるため、日韓両国政府による激しい政治的駆け引きがあったといいます。最終的には日韓政府間で調整をして、佐藤ユネスコ大使が演説で「forced to work」と朝鮮人への労働を強いたことに触れ、その「場所」の歴史全体を説明するよう措置を講ずるとの約束で決着しましたが、今後の対応を見ていく必要があります。

また、2015年10月、中国が「記憶遺産」に登録申請していた日本軍「慰安婦」と「南京大虐殺」に関する記録では、後者が登録されました。日本軍「慰安婦」関連記録は、却下されたというよりも、韓国を含めた他国でも同様の記録を申請する動きがあるために一緒に申請するよう勧めたと言われており、実際、それらの資料は2016年の申請に含まれています。

日本政府はこれらの動きに対して「政治利用だ」と主張していますが、日本政府の怒りは「政治的介入ができないこと」にあるように見えます。「記憶遺産」はユネスコの事業のため、「国際諮問委員会」というアーカイブの専門家等によって構成される委員会で審査・推薦して、事務局長の名で決定する仕組みになっており、締約国の意見を考慮するしくみはありません。「審査手続が厳格ではない」という意見には首肯する部分もありますが、「記録の保護」を目的としているので、どこまで厳格にすべきかは論点の一つです。

南京事件の登録後、ユネスコの関係者から「その記録物が保護する価値があるかどうかの問題であって、犠牲者が30万人だろうと10万人だろうと関係ない。ユネスコは歴史を書くのではなく、これらの記録物を使って歴史を書くのは歴史家の仕事である。日本政府が他に保護すべき南京関連の記録があるというのであれば申請すればよい」との意見を聞いて、なるほどと思いました。

 

6.「記憶遺産」の意義

「記憶遺産」として登録されているリストを見てみると、数世紀前の古い記録だけでなく、近年のさまざまな人権侵害の記録が含まれていることがわかります。例えば1964-1985年のブラジルの軍事独裁政権下の警察記録。南アフリカのネルソン・マンデラの投獄と裁判記録。1973-1990年のチリの独裁政権下の人権侵害とその闘いに関する記録。いずれも、「二度とこのような人権侵害があってはならない」との強い意志を感じる記録群です。このような国家による人権侵害の記録が登録できること、そのこと自体が当事国の民主化や人権尊重のレベルを示しているでしょう。日本はその意味でも危険水域に入っているのかもしれません。

 

7.これからの課題

ユネスコは一時、放漫な経営や情報統制などでイメージが低下したようです。しかし、国連本体のように常任理事国がなく拒否権が発動できないため、2011年、米国ほか主要国の反対にもかかわらず、締約国の賛成多数でパレスチナが正式にユネスコ加盟国として認められるなど、面白い組織でもあります。米国はこれを受けて分担金の負担を停止しましたが、政治的なのはユネスコよりも米国の態度ではないでしょうか。

2016年5月末に申請した「日本軍『慰安婦』の声」の審査結果発表は2017年10月頃を予定しています。日本政府は日本軍「慰安婦」の記録を登録させないために、日本人を地域委員会に送り込んだり、日本政府の意向が考慮されるようにルール変更を画策したりしていますが、日本のユネスコとの縁は民間から始まったという経緯を大事にして、心に平和の砦を築くためにも、過去の加害に向き合う取り組みを民間から進めていきたいものです。



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