出典種別 | 兵士の回想録等 |
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現在の地域情報 | 嘉義県 朴子市 |
資料にある地域情報 | 朴子 |
慰安所があった時期 | |
記載内容 | 「やー、ゆうべは練習部に行ってきたョ」・・・そんな会話をとり交わす・・・お察しのとおり、「練習部」とは「ピー屋」のことである。・・・朴子には、前からあった料亭「東亜楼」が、部隊指定の慰安所になった。港乾(注;正しくは土へんに乾)部隊および朴子周辺の部落の人たちは、そこを利用していた。わたしたちは、その「東亜楼」を、「練習部」と称していたのである。・・・そこにいた女の子で、Sという「日の丸娘」がいた。 |
証言者 | 草戸寥太郎 |
証言者属性 | 日本軍兵士 |
部隊名 | 海上挺進第18戦隊 |
資料タイトル | 征途の果て-海上挺進第18戦隊の行跡 私の軍隊体験と人生- |
著者、公文書発信者など | 草戸寥太郎 |
公文書宛先 | |
発行日 | 1992.8.15 |
発行所 | 私家版(鹿児島県名瀬市) |
ページ | 246 |
出典備考 | |
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