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資料の詳細

出典種別 その他
現在の地域情報湖北省 武漢市
資料にある地域情報漢口
慰安所があった時期1938年
記載内容漢口の慰安所については、領事館報告のほか体験記が少なくない。漢口領事館の報告では、漢口陥落1ヵ月後の1938年11月30日現在、芸妓、酌婦、娼婦あわせて漢口に150人、武昌に245人、12月末には漢口200人、武昌292人、計492人の多きに達している。漢口の慰安所は兵站経営として当初30軒、のち20軒が定着し、朝鮮人150人、日本人130人が常住したとされる。アジア太平洋戦争期に兵站司令部の慰安係長になった山田清吉の手記『武漢兵站』によれば、市内積慶里にあった20軒の慰安所には長期にわたってほとんど変化がなかった。そのほか市内には数軒の将校用料亭が兵站施設としてあるほか、軍副官部直轄の高級料亭が2軒あった。これが約5万人の軍隊を平均して駐屯させていた漢口の兵站慰安施設である。・・・
証言者山田清吉ほか
証言者属性日本軍兵士・慰安係長
部隊名兵站司令部
資料タイトル共同研究 日本軍慰安婦
著者、公文書発信者など吉見義明 林博史
公文書宛先
発行日1995.8.4
発行所大月書店
ページ82
出典備考山田清吉「武漢兵站」や領事館報告の概要を述べている。
備考 山田清吉「武漢兵站」や領事館報告の概要を述べている。
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