証言,公文書等,様々な文書を徹底調査

資料の詳細

出典種別 兵士の回想録等
現在の地域情報シャン州 ラーショー県 ラーショー郡区
資料にある地域情報ラシオ
慰安所があった時期
記載内容軍医と主計は言わば隣組のようなもので、いつも仲がよい。ロイウインに駐留していた時は、文字通り医務室と経理とは背中合せで、愉快に勤務していた。ラシオに来てからは対空警戒の為に、離れ離れに独立したニッパハウスにおさまっていたが、宿舎の方は隣り同志で、アンペラの壁(仕切)越しに話し合う有様であった。・・・「誰かが言ってたよ。軍医さんは自分で慰安所の女達を検診するのだから、安心なものだと」「とんでもない。僕はあれだけはいつもごめんこうむりたいと思ってる。週に1回女の股ぐらを覗くなんて商売は、早く払下げにしてもらいたいもんだ。人から何かよい事でもしているように思われたりしてね。主計さんだけはわかってくれてると思っていたんだが……」・・・或る日、将校宿舎の夕食後のひと時、いろいろな雑談の後に、何を思ったか、市川隊長が「一体あのゴムの袋は被服なのか、物品なのか、それとも医療品なのか」と、まるでラジオのクイズのような質問をした。陸軍では、これは一応身につける物ということで被服の部に入れられていて、被服本廠で発注しているから、なかなか愉快である。私も赤羽の本廠にいた頃、四ツ木のYゴム会社へ製品の監督を命ぜられて、数回ばかり出掛けた事があった。
証言者今井新兵衛
証言者属性日本軍兵士
部隊名
資料タイトル銀茶従軍記
著者、公文書発信者など今井新兵衛
公文書宛先
発行日1970.7.11
発行所同窓人会
ページ191-192
出典備考
備考 アジア歴史資料センター:C141060191800のビルマ50万分の1の地図に「ラシオ」がある。マンダレーの北東、中国への幹線道路の途中にある。現在の地図の同所もラシオLashioである。
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