出典種別 | 兵士の回想録等 |
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現在の地域情報 | カチン州 ミッチーナー県 ミッチーナ郡区 |
資料にある地域情報 | ミートキーナ近くの町 |
慰安所があった時期 | 未記載 |
記載内容 | 森の中の大きな三差路で、5,6人の女が休んで炊事をしていた。女ばかりと思ったが、40過ぎの男が1人いた。一行はピー屋(慰安所)のジャングイ(主人)に率いられた慰安婦たちであった。彼女らは、ミイトキーナ近くの町にいたが、守備隊が玉砕する前に、脱出するよう隊長に言われ、食糧や薬品などをもらって、サルウィン河の上流を渡り、川に沿って南下してきたのであった。そういえば、ジャングイをはじめ、2,3名の女が、軍服らしきものを着ていた。 そして、その中に、7,8歳の男の子がいた。男の子は主人の子供で、よく見るとその母親らしい年かさの女がいた。20代の慰安婦4名の計7名の集団であった。彼女らは、鍋でお粥を作っていたらしく、「兵隊さんもどうかね」と、すすめてくれた。懐かしい米の香りがした。私たちも、彼女らの茶碗(陸軍の金属製のもの)に一杯ずつご馳走になった。彼女らは干魚も少し分けてくれた。・・・ 女たちの一行と歩いて2日目に、異変が起こった。女の1人が動けなくなったのである。それまで私は気づかなかったが、女たちの中に妊婦がいたのである。彼女が急に産気づいて、生まれるかも知れないというのである。 |
証言者 | 西河克己 |
証言者属性 | 日本軍兵士 |
部隊名 | |
資料タイトル | 白いカラス 生き残った兵士の記録 |
著者、公文書発信者など | 西河克己 |
公文書宛先 | |
発行日 | 1997.1.26 |
発行所 | 光人社 |
ページ | 210-213 |
出典備考 | 注:イラワジ河西岸のミッチーナからどこをどう歩いたのか不明だが、慰安婦一行は東方へと歩き、サルウィン河を上流で渡たり川に沿って南下しているという。サルウィン河の上流は中国では怒江である。どこを渡河したのか不明だが、いずれにしても大変な距離である。 |
備考 | 現在の地図のビルマの北部にミッチーナーMyitkyinaがある。カチン州の州都である |