出典種別 | その他 |
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現在の地域情報 | 沖縄県 国頭郡 今帰仁村 |
資料にある地域情報 | 今帰仁村、宮城医院 |
慰安所があった時期 | 1944年秋 |
記載内容 | 昨年の秋、伯母(父の姉)から沖縄戦のときのことを聞く機会があった。私が生まれ育った沖縄島北部の今帰仁村での話である。1944年(昭和19年)の秋、村に日本軍が入ってきた。・・・日本軍の配備とともに村には慰安所が設けられた。伯母の家族、つまり私の祖父母や父らが住んでいた家と道をはさんだ斜め向かいに宮城医院という病院があった。医師は軍医として動員され、他の家族は九州に疎開していたので、その病院の建物が慰安所として利用されたという。そこで日本兵の相手をさせられたのは、村の旅館で働いていた沖縄の女性達だった。・・・ 壕に隠れているところを米軍に見つかり、捕まった伯母や祖父母らは、収容所に入れられるまでの間、親戚の家で寝泊まりしてい。その隣の家に旅館の女性達がいたという。慰安婦として日本兵の相手をさせられていた女性達は、今度はその家で米兵の相手をさせられていた。村の女性が米兵に強姦されることを恐れた村の顔役達の一部が、今度は米軍用の慰安所を設けていたのだ。 |
証言者 | 目取真俊 |
証言者属性 | |
部隊名 | |
資料タイトル | 沖縄戦の記憶 |
著者、公文書発信者など | 目取真俊 |
公文書宛先 | |
発行日 | 2006.5 |
発行所 | 文芸春秋 |
ページ | 13-15 |
出典備考 | 『文学界』2006年5月号所収 |
備考 | 本部半島の東部に今帰仁村がある。 |