出典種別 | 兵士の回想録等
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現在の地域情報 | マンダレー管区 ピンウールウィン県 ピンウールウィン郡区 |
資料にある地域情報 | メイミョウ |
慰安所があった時期 | 1944年9月 |
記載内容 | メイミョウは英国人メイが開発した休養地である。英国高官らが週末をここの別荘で過ごしたという。英国軍が撤退した後に第33軍がここに司令部を置いたのだが、われらが立ち寄ったときはメイミョウはがらんとしているように思えた。というのは、われら初年兵は公路側のジャングルの中にもぐりこんでいるためにメイミョウの市街など全然見るわけにはいかなかったからだ。メイミョウの公路側には大きな湖水があり、湖水のかなたには慰安所があった。すでに慰安所にいってきた者の話では<朝鮮ピー>がおるらしい。私はもしかモールメンの貞子がそこにきていやしないかと思ったが、私には軍票もコンドームもなかったし、分隊長の吉原軍曹が許可をしてくれそうでもなかった。 |
証言者 | 李佳炯 |
証言者属性 | 朝鮮人日本軍兵士(学徒志願兵) |
部隊名 | 狼師団山砲隊 |
資料タイトル | 怒りの河 ビルマ戦線狼山砲第二大隊朝鮮人学徒志願兵の記録 |
著者、公文書発信者など | 李佳炯 |
公文書宛先 | |
発行日 | 1995.3.3 |
発行所 | 連合出版 |
ページ | 79-80 |
出典備考 | 著者略歴に「1944年1月、朝鮮学徒志願兵として龍山の26部隊入隊、ビルマに赴く」とある。 |
備考 |
著者略歴に「1944年1月、朝鮮学徒志願兵として龍山の26部隊入隊、ビルマに赴く」とある。
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