出典種別 | 公文書・軍関係資料等 |
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現在の地域情報 | シャン州 ラングーコ県 マークマイ郡区 |
資料にある地域情報 | モークマイ |
慰安所があった時期 | 1945年8月4日 |
記載内容 | ビルマに派遣された第2戦争犯罪捜査チームの捜査レポートの中に1945年8月4日に南シャン(ビルマの東部)のモークマイMawkmaiでおきた事件が取り上げられている。それは「虎雷部隊」がモークマイに入った時に約75人の女性を集め、彼女らを武器で脅して町のいくつかの家に連れていき、監視下において強姦をくりかえしたという事件である。以下、その捜査レポートから紹介する。・・・ ①N・M(農業、年齢不明)「1945年8月4日虎雷部隊がモークマイに来たとき、私はほかの村人と一緒にジャングルの中に逃げました。その3日後、10人の日本兵がジャングルにやってきて私を捕まえ、銃と銃剣で脅してモークマイのソープワ宮殿の東の家に連れていきました。そこで私は28日間監禁され、毎晩、剣と銃で脅迫されて、一晩に少なくとも1回は日本兵に強姦されました。」 ②N・K(靴工、18歳)「(ジャングルに来た日本兵から)売春婦になるように言われたが私は拒否しました。すると銃で脅されてモークマイのキュンカン修道院に連れていかれ、そこで8日間監禁されました。その間、銃と銃剣で脅されて日本兵に3回強姦されました。」 ③N・P(無職、14歳)「私は銃と銃剣で脅されてモークマイのパゴダ小屋に引きずっていかれ28日間監禁されました。その間、私は銃と剣で脅されてほとんど毎晩、日本兵に強姦されました。」 捜査レポートはこの事件を「虎雷部隊がモークマイに入ってきた際に約75人の女性を狩り集め、彼女たちは武力によって町の様々な家に連れていかれ、監視下におかれて監禁された」とまとめている。 |
証言者 | |
証言者属性 | |
部隊名 | 第56師団傘下の部隊と推測 |
資料タイトル | 英軍による日本軍性暴力の追及 |
著者、公文書発信者など | 林博史 |
公文書宛先 | |
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出典備考 | 『季刊戦争責任研究』第14号、日本の戦争責任資料センター、1996冬、71ページ/WO325/97(英国公文書館所蔵)、1946年6月捜査。 |
備考 | 現在の地図のタウンジーTaunggyiの東南方向にモークマイMawkmaiがある。ちなみにアジア歴史資料センター:C141060191800のビルマ50万分の1の地図の同所はマウツマイである。 |