出典種別 | 被害証言 |
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現在の地域情報 | 地名特定不可能 |
資料にある地域情報 | ビルマ |
慰安所があった時期 | |
記載内容 | 食堂でコーヒーを入れたりする仕事だといわれ、母の治療費を稼ぐために霧島丸で高雄を出発。シンガポールで2ヶ月いた。この間に霧島丸は撃沈された。船を乗り換えてビルマに向かい、コーヒーなどを入れていたが2週間後、軍の接待を強制的にやらされた。契約とちがうと言ったら左の耳の鼓膜がやぶれるほど叩かれた。慰安所は海軍クラブ(クロガネソウ)で、ここは外人が残していった家を接収したもので煉瓦造りで2階建てだった。女性はみな台湾人。一人一部屋、畳3畳ほどの広さでトイレは屋外にあった。相手は海軍の士官と兵隊。 |
証言者 | 仮名21 |
証言者属性 | 台湾人被害者 |
部隊名 | |
資料タイトル | 婦援会聞き取り調査 |
著者、公文書発信者など | |
公文書宛先 | |
発行日 | 1998調査 |
発行所 | |
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出典備考 | |
備考 |