出典種別 | 兵士の回想録等 |
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現在の地域情報 | 地名特定不可能 |
資料にある地域情報 | キヤンドー |
慰安所があった時期 | 未記載 |
記載内容 | そのうちここ「キャンドー」の橋梁も敵機の直撃弾を受けて、ついに中央部を破断されてしまった。・・・こんなことがあって間もなくビルマ方面から敗走して来る兵隊や邦人が、毎日々々ひっきりなしに通り始めた。・・・又或る兵は「某参謀が国境まで、1人自動車で逃げ出し、而もそんな際にも尚慰安婦を連れて居ったのを、友軍の国境警備隊に詰問され、丁度附近に居合わせた兵隊達に寄ってたかって殴られていた」と話していた。これら兵隊達に混じって、前線に出ていた看護婦や邦人婦人達もどんどん退って来た。輸送の混乱を防ぐために所持品は風呂敷包み1箇に制限されていたので、皆んな割に身軽ではあったが、然しこれがつい先頃まで戦勝を信じ、胸を張って歩いていた日本人の姿かと思うと、他人ことならず慄然とした。橋梁区間は徒歩連絡だ。爆破された橋梁の下から崖を登るのは女達には骨が折れた。滑っては登り滑っては登りしている。「兵隊さーん……引張って頂戴ー」慰安婦の1人だろう、悲鳴を上げて前を行く兵隊を呼んでいる。「馬鹿野郎ッ……今頃なにが兵隊さんだ、将校だけに色目を使いやがって、俺達なんか鼻もひっかけやがらなかった貴様らにそんな義理や無えんだッ。歩けなきゃくたばれッ……虎が出るんだぞ、虎がッ」と憎々し気に云い捨てると、そのまま後を振り返りもせずさっさと行ってしまった。 |
証言者 | 水谷真雄 |
証言者属性 | 日本軍兵士 |
部隊名 | |
資料タイトル | 泰緬鉄道建設記(続) 密林の夜明け |
著者、公文書発信者など | 泰緬鉄道建設記編纂委員会 |
公文書宛先 | |
発行日 | 1956.12.1 |
発行所 | 花園書房 |
ページ | 92-93 |
出典備考 | 撤退中。行列に「慰安婦」もいるが、慰安所の位置は不明。 |
備考 |
撤退中。行列に「慰安婦」もいるが、慰安所の位置は不明。 ※日本軍慰安所マップの地点としては反映させていない。
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