出典種別 | 兵士の回想録等 |
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現在の地域情報 | 地名特定不可能 |
資料にある地域情報 | ビルマ |
慰安所があった時期 | 未記載 |
記載内容 | 終戦後の9月27日、同期で上田市出身の小島少尉をバンワン刑務所に送っての帰りに日本軍属の平岡スマカさんら7人を連れ帰った。在タイ日本人戦犯容疑者の中で、釈放の第1号となった。子連れもあった。台湾人も混じった慰安婦たちである。ビルマを下がるとき、敗走中の憲兵が一緒だったので女スパイに間違えられた。台湾出身の女性は「日本に行きたい」と泣きついた。しかし、英軍司令部が許さなかった。彼女らは、荒々しい戦線のど真ん中で兵士たちの気持ちを取りなした。慰問した。兵士ではないが軍に所属する民間人としてだった。英軍は日本軍属と称して彼女らに釈放証を渡した。 |
証言者 | 証言者不明 |
証言者属性 | 日本軍兵士 |
部隊名 | |
資料タイトル | 鉄の契りを十一期-ポートディクソン回顧録Ⅱ |
著者、公文書発信者など | ポートディクソン回顧録Ⅱ編集委員会 |
公文書宛先 | |
発行日 | 1995.6.30 |
発行所 | 第11期ポートディクソン会 |
ページ | 161 |
出典備考 | |
備考 | どこの慰安所にいたか不明。 |