証言,公文書等,様々な文書を徹底調査

はじめに

1.日本軍慰安所マップのこれまで

日本軍は、1931年の満州事変以降、侵略・占領したアジア太平洋各地に日本軍将兵のための軍慰安所を設置しました。1990年代になって、韓国の金学順さんが日本軍の慰安所で受けた被害を告発したことをきっかけに、日本軍の性奴隷にされた女性たちがアジア各地で名乗り出ました。この告発によって、歴史研究者による公文書の発見や部隊史の研究、市民による被害女性や元兵士の聞き取りも進み、日本軍が侵略したほぼ全域に慰安所が設置されたことがわかってきました。

アジア太平洋全域に広がった日本軍性奴隷制の実態を伝えるために、「慰安所があった場所」を示す地図が1990年代半ばから市民の手で作られるようになり、その後、さまざまに版が重ねられてきました。2005年に設立したwamは、女性国際戦犯法廷で準備した慰安所マップの根拠資料のデータ化および全面的なアップデイト作業を2008年に実施し、2009年に「日本軍慰安所マップ」として公表しました。それから10年が経ち、新たな被害証言や公文書、研究者による調査の進展や日本軍性奴隷制に関する議論の積み重ねから、日本軍慰安所マップをアップデイトすることになりました。


2.「日本軍慰安所マップ」の考え方

「日本軍慰安所マップ」をアップデイトするにあたって、改めて検討した課題は、「日本軍慰安所マップ」とするのか、それとも「日本軍による性暴力被害地マップ」とするのかでした。これまでの慰安所マップは、被害女性の証言を大事にしたいという思いから、日本軍の慰安所に入れられた女性も強かんされた女性も、性暴力被害という意味では同じであるとして、被害を受けた地点をすべて地図に含めてきました。

しかし、日本軍が設置・運営した「慰安所」こそが、軍による組織的な性奴隷制であり、諸外国における戦時性暴力とは異なる日本軍の犯罪の特徴です。本来であれば軍法会議で裁かれるはずが、組織的になされることによって犯罪にもならず、罪悪感を持つことなく女性たちの性を凌辱できる――。そういう仕組みとしての日本軍慰安所と、強かんされた場所を同じものとして表現すると、慰安所の設置が「強かん防止」には効果がなかったことが見えてこない、という指摘もありました。議論の結果、まずは、日本軍が設置した「日本軍慰安所」を明らかにすることによって、日本軍性奴隷制の特徴をより鮮明にすることを目指すことにしました。


3.「日本軍慰安所マップ」に含めたもの

「日本軍慰安所」には、軍直営、軍が民間に経営を委託したもの、軍が民間の性売買施設を軍用に指定したものなど、様々な形式がありましたが、いずれも日本軍が管理・監督をしていました。これらの日本軍慰安所以外にも、占領地や前線で部隊が地元女性を監禁して強かんした「強かん所」と呼ぶべきものもありました。さらには、そうした場所から、特定の将校の「専用」として引き抜かれた女性もいました。これらの女性が監禁された場所は、組織的な日本軍による慰安所制度の一部として「日本軍慰安所マップ」に地点を採っています。また、日本国内・植民地支配下にあった朝鮮や台湾、また大都市の民間性売買施設については、現在研究が進行中ですが、一時的にでも多数の日本軍将兵がやってきたり、なんらかの便宜がはかられた(軍人への割引など)ことが記載されている場所は「日本軍慰安所」として採りました。


4.「日本軍慰安所マップ」に含めなかったもの

「日本軍慰安所マップ」に地点を採らなかったものについても「資料」のページに記録は残し、備考欄に「※慰安所マップの地点としては反映させていない」と記載しています。例えば、日本軍将兵による強かんが発生した場所(慰安所へ連行する前に強かんした場所も含む)は、資料データには残しながらも、地図には地点を採っていません。日本軍「慰安婦」制度の調査のなかでは、「強かん」は慰安所と異なるものとして記録を見落としてきた可能性があり、慰安所とはまた違う注意を払って記録を見ていく必要があります。さらなる調査の上、強かん地点の視覚化の表現をこれから検討していきたいと考えています。

また、いわゆる「企業慰安所」についても、「日本軍慰安所マップ」には含めていません。当時、多くの朝鮮人、中国人が、炭鉱や鉱山、飛行場建設、ダム建設などの労務を強いられましたが、主にこれらの労務者用に企業が設置した慰安所は、国策への協力体制下でとはいえ、目的や管理の実態が日本軍慰安所とは異なると思われるからです。


5.凡例―地図・資料の読み方

5-1.地図「日本軍慰安所マップ」について

日本軍慰安所マップ―まずはマップを見てみよう!」のページでアジア太平洋全域の地図が確認できます。それぞれの国名のあたりをクリックすると、その周辺の拡大地図と資料のページに移動します。

(1)地点について

資料からわかる限りの詳細な地名とその位置情報(緯度経度)を調査して、地図に地点を赤丸で表記しました。位置情報の精度は、様々なレベルが混在しています。例えば、

  1. 建物や住所で位置情報をとったもの
  2. 特定の行政地区で位置情報をとったもの
  3. 戦後の区画変更などで資料に書かれた地名からでは地区の特定ができない(複数の行政地区が該当してしまう)ため、その複数の地区を含む広範囲の地域で位置情報をとったもの
  4. そもそも原資料に大まかな地名しか記述されていないため位置情報を定められないもの

などです。行政地区が特定できる地点の位置情報についても、記述から判断できるおおよその地点の付近で取得したものもあれば、その行政地区の中心地で取得したものもあります。原資料の限界で国名、省名・州名など大枠でしか地名が判明しないものについては、「資料」ページには情報を掲載しつつ、地図の地点としては採用していません。

(2)地名について

国名表記は、マップ作成時(2019年10月現在)の正式国名を使い(台湾は「台湾」を用いました)、地名は基本的に現在の行政区画に基づいて表記しています。戦後に地名が大きく変わった場合も多々ありますが、そうした地名のうち、当時の呼称が定着している地名について、基本的には地図上で「現在地名(当時の地名)」の形で表記しました。また紙幅の都合でどちらか一方のみを表記した場合もあります。

地図の表記は以下の通りです。

慰安所の地点を赤丸で示しています。
慰安所地点名 慰安所の地点名は黒字で示しています。
行政区画名/島名 慰安所地点として採用していない上級の行政区画と島名を青字で示しています。
国名 国名を緑色で示しています。
━━━━ 日本軍の最大侵攻ラインをオレンジの線で示しています。

(3)慰安所の軒数について

この「日本軍慰安所マップ」は、入手できた記録をもとに制作しています。被害者や兵士の証言がでていない地域、公文書などが残されていない地域についても、このウェブサイトを根拠に「慰安所がなかった」と断定できないことは言うまでもありません。

慰安所の地点が多く打たれている地域は、証言や記録が多いことを意味しており、必ずしも慰安所の軒数・規模を表すものではありません。また、同じ地域内の資料においても具体的に慰安所の名前が確認できるものから、地名が同じであっても同一の慰安所かどうか確認できないものまで様々ありますので、資料の件数やマップに記載された赤丸の数は必ずしも慰安所の軒数ではないことにご留意ください。

5-2.「資料」について

資料」ページには「日本軍慰安所マップ」の根拠となる資料を現在の国名・地名ごとに分類して掲載しています。

「日本軍慰安所」に焦点を当てた資料リストなので、同じ資料から複数の慰安所に関する情報が読み取れる場合、同じ出典の同じ記述であっても、複数のデータに分割して掲載されている資料もあります。

例えば、山田清吉『武漢兵站』(図書出版社、1978年)の76ページには漢口の積慶里にある慰安所名を列記した記述がありますが、資料リストでは慰安所の名前ごとに別データとして記載しています。

それ以外にも、例えば「上海と南京と漢口の慰安所に行った」という兵士の回想の場合は、それら3地点にそれぞれ別データとして記載されています。

なお、慰安所があった地名や国名が資料から特定できない場合は「地名特定不可能」「国名不明」と明記し、国ごと、または国名不明のページにそれぞれ分類して記載しています。

(1)資料の分類

「日本軍慰安所マップ」の根拠となる資料は、「被害証言」、「兵士の回想録等」、「目撃証言」、「公文書・軍関係資料等」、「その他」に分類しています。これらの分類は、地図上には明示していませんが、「資料」ページで確認することができます。

被害証言 証言集・関連書籍、「慰安婦」被害者裁判の訴状・準備書面などに記録された、日本軍「慰安婦」として被害を受けた女性の証言、聞き取り記録等を根拠にしたものです。「慰安婦」被害女性が途中から慰安所の管理を任された時の証言についても、被害者として戦地に連れていかれた事実に重きを置いて、「被害証言」に分類しています。
兵士の回想録等 戦後に記録された元日本軍将兵の回想・部隊史・戦友会記録などを根拠にしたもので、元日本軍将兵や軍属が自ら著したもののほか、ジャーナリストや市民が聞き取った証言記録、兵士が戦時中に私的に撮影し戦後に出版された写真なども該当します。日本軍の報道班員として従軍した従軍記者の証言もここに含みます。
目撃証言 「慰安所を見た」などの地元住民や当時現地で生活していた日本人・朝鮮人・台湾人の証言のほか、軍属であることが資料から確認できない慰安所管理者、従軍看護婦や軍属の女性の証言記録などが含まれます。
公文書・軍関係資料等 日本軍・政府関係資料、連合軍作成資料、戦後の東京裁判やBC級戦犯裁判の記録、被害国政府が行った戦争被害の実態調査、「慰安婦」被害者裁判の判決など、国や地方公共団体の機関または公務員がその職務上記録した文書から確認されるものです。事実上の国策会社の文書もここに含みます。
その他 研究者・調査者らによる様々な資料を総合した考察や、当時発行された新聞など、上記4つのカテゴリーに当てはまらないものです。

(2)「資料の詳細」ページについて

それぞれの地域の「資料」ページには、慰安所のあった場所の現在の地名・出典種別・証言者・証言者属性・資料タイトルがリスト化されています。資料タイトルの横にある「詳細」の文字をクリックすると、それぞれの資料の内容を紹介する「資料の詳細」ページに移動します。

「資料の詳細」ページのそれぞれの項目には以下のような内容が記述されています。

出典種別 被害証言、兵士の回想録等、目撃証言、公文書・軍関係資料等、その他の5つに分類されています。
現在の地域情報 現在の各国・地域での行政区画や地名。基本的に資料と地図はこれら現在の地域情報に基づいて示しています。
資料にある地域情報 当時の地域情報など、資料に書かれている地名。耳で覚えた発音や漢字の記憶違いなども原則としてそのままに記述しています。
慰安所があった時期 資料からわかる慰安所があった日付や期間。
記載内容 慰安所の形態、人数、民族など、資料からわかる慰安所に関する情報。原則として資料からの引用を紹介していますが、表や地図など、引用での表現が難しいものは記述の概要や慰安所名・住所などを紹介しています。「慰安婦」にされた当事者の証言には、生涯に関する記述を含むものもあります。
証言者 記載内容が「証言」の場合、ここに証言者の名前を示しています。
証言者属性 記載内容が「証言」の場合、ここに証言者の属性、肩書、役割等を説明しています。
部隊名 資料からわかる部隊名を記載しています。特に兵士の回想録等では、奥付に記載された最終所属部隊を記している場合もあり、慰安所の設置された時期・地域とは必ずしも一致しません。
資料タイトル 記載内容の出典元の一次資料のタイトル。書籍名、論文記事名、公文書タイトルなど。
著者、公文書発信者など 記載内容の出典元の一次資料を書いた作成者やその組織の名前。
公文書宛先 電報や報告書など送り先がわかる公文書の受信者・省庁。
発行日 記載内容の出典元の一次資料の出版日、公文書が発信/発行/記述された日付など。
発行所 書籍等の出版社。
ページ 記載内容に示した記述があるページ。
出典備考 典拠とした一次資料が掲載されている書籍、雑誌に関する情報。公文書の場合はアジア歴史資料センターのレファレンスコードや、wamの日本軍「慰安婦」関連公文書ウェブサイトでのID番号を適宜記しています。
備考 資料に関する補足情報。地点を確定した時の判断に関する情報や、そのデータのもととなった大元の情報など、様々な情報が含まれます。また、その資料を慰安所地点として反映させていない場合には、この欄に明記しています。

(3)表記について

a. 記載内容

データ入力の作業との兼ね合いで、原文中の改行、原文にある傍点や下線、ルビなどは基本的に削除しています(文意上必要と判断したルビなどは、カッコ内に注記しました)が、おおよそ原文の通りに記すことを目標に記述しています。中には差別表現にあたる記述もありますが、その歴史性に鑑み、そのまま記述していることをお断りしておきます。

省略や引用のための表記の規則は以下の通りです。

・・・ 引用文の省略箇所を意味しています。
…… 原文にある三点リーダーであることを意味しています。
詩歌など改行が意味を持つ表現の場合の改行位置を示しています。
公文書など原本が手書きまたはタイプライターで、判読が困難な文字の代わりに入れてあります。
〔ママ〕 原文の明らかな誤字の直後に入れた場合があります。

また、ウェブサイト上での文字化けの可能性がある特殊記号については、近似の表現に修正した場合もあります。それら以外の原文に登場する記号は、基本的にできうる限り原文通りに記載しました。

外国語資料の引用は基本的に日本語に翻訳して記載しましたが、地名や人名等一部アルファベット表記のままのものもあります。

b. 慰安所があった時期・証言者・証言者属性・部隊名

2019年12月現在、空欄の資料が多く存在します。原資料の前後をさらに幅広く調査して、追記を行うことが今後の課題です。

証言者の氏名は本名を原則として、それ以外の表記の場合にはわかる範囲で「(仮名)」「(ペンネーム)」などの注書きを付して示しています。当初は仮名で、その後本名で証言をした証言者については、「本名(仮名)」などの形で併記した場合もあります。

c. 資料タイトル・発行所

外国語資料の資料タイトルや発行所は原則として日本語に翻訳して示しています。


6.情報提供のお願い

日本軍が設置した慰安所に関する情報をお持ちの方は、ぜひ提供をお願いします。地元の住民からの手紙や地図、近所の蔵から発見された資料等、提供いただいた資料は検討のうえ、活用させていただいています。


7.謝辞

「日本軍慰安所マップ」作成に際しては、さまざまな個人・団体の協力をいただきました。「日本の戦争責任資料センター」には、第1次-第3次の国会図書館調査結果やこれまでに発見した公文書等の資料を提供いただいただけでなく、様々な助言をいただきました。各地域については、その地域の専門の方々に相談に乗っていただきました。また、東北亜歴史財団には一部助成をいただきました。ここに合わせてお礼を申し上げます。


8.お問合せ

wamが作成した「日本軍慰安所マップ」ウェブサイトの地図データ、地域・国別資料リスト、資料詳細データ、写真等の無断使用・無断転載は固くお断り致します。「日本軍慰安所マップ」画像データの提供をご希望の方はこちらをご覧ください。その他、当ウェブサイトに関するお問い合わせはお問い合わせフォームよりご連絡ください。


公開:2019年12月7日(随時更新中)
制作:アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)
協力:日本の戦争責任資料センター

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