出典種別 | 被害証言 |
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現在の地域情報 | 東北部 地名特定不可能 |
資料にある地域情報 | 満州 |
慰安所があった時期 | |
記載内容 | 1943 年18 歳の時「勉強もできてお金も儲かる」と言われ、親にも言わず家を出ました。連れて行かれたのは満州の慰安所でした。部隊に囲まれた慰安所は日本式の、レの字の形をした2階建ての建物だった。30 人程の朝鮮北部出身の女性がいて、みな18-19歳でした。最初は看護婦の仕事でしたが、軍医に処女を奪われ数ヵ月後から「慰安婦」をさせられました。生理の時もずっと軍人の相手をし、少ない時で1日に10人位、土日になると40-50人の軍人が行列を作りました。酔った兵士に乱暴され殺されかけました。反抗した為に押し付けられた焼きゴテの痕がまだ残っています。2 年後に終戦、解放されましたが、今度はソ連兵に襲われそうになり命からがら故郷にたどり着きました。 |
証言者 | 文必ギ |
証言者属性 | 朝鮮人被害者 |
部隊名 | |
資料タイトル | 強制で連れて行かれた朝鮮人軍慰安婦たち1 |
著者、公文書発信者など | 韓国挺身隊問題対策協議会・韓国挺身隊研究会 |
公文書宛先 | |
発行日 | 1993 |
発行所 | ハヌル |
ページ | 109-119 |
出典備考 | |
備考 |