出典種別 | 公文書・軍関係資料等 |
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現在の地域情報 | 天津市 |
資料にある地域情報 | 天津 東駅の近く |
慰安所があった時期 | 1945年 |
記載内容 | 王士海は、更に、かつて日本軍天津防衛司令部の児玉大尉と知り合った。1945年になると日本軍の士気が非常に衰えてきたので、児玉は、日本軍の士気を鼓舞する為に天津に軍直轄の慰安所を作ることにして、王士海と相談し、王に設立させることにした。王はこの指示を受けとるや、この『義侠隊』の玄関に『天津防衛司令部慰安所』という立て札をかけた。・・・慰安所は、児玉の指示で東駅の近くにある元の日本人の妓楼を使用することになった。数日後、児玉の許可を得て、夜3台のトラックを雇って部下たちんい妓女を捕まえに行かせた。・・・計20人の慰安所ができた。慰安所の費用は全て日本人が支出したが、妓女たちの稼いだ金は、日本人たちが分配した。・・・王は死刑判決を受けた。 |
証言者 | |
証言者属性 | |
部隊名 | |
資料タイトル | 中国人民解放軍天津市軍事管制委員会軍法処の起訴状 |
著者、公文書発信者など | 中国人民解放軍天津市軍事管制委員会軍法処 |
公文書宛先 | |
発行日 | 1951.4.10 |
発行所 | |
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出典備考 | 林伯耀「天津の日本軍「慰安婦」供出システム―偽「天津特別市政府」警察局の公文資料から」『女性・戦争・人権』第2号、1999.5.20、101-102ページ |
備考 | 王士海、東駅の近く/天津市は北京市の南東にある。 |