出典種別 | 目撃証言 |
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現在の地域情報 | 河南省 焦作市 博愛県 |
資料にある地域情報 | 博愛(清化鎮) |
慰安所があった時期 | 1938年か1939年頃 |
記載内容 | また帰ってきて、懐慶とか博愛という大きな城がある町におったんですわ。13,4年頃に朝鮮の人も来てましたわ。それは朝鮮の夫婦の人が10人くらい連れてきたらしいですね。そういうのが町中にありましたわ。北支の前線のほう、懐慶とか博愛とか。昭和12,3年ころはね、山やら町やらに中国の兵隊がいて、危ないとこでしたよ。そういうところに、よう来たなと思いましたね。 |
証言者 | 78歳 男 京都府 |
証言者属性 | 敗戦時、満州鉄道社員 |
部隊名 | |
資料タイトル | 性と侵略――「軍隊慰安所」84ヶ所 元日本兵らの証言 |
著者、公文書発信者など | 1992・京都「おしえてください!『慰安婦』情報電話」報告集編集委員会 |
公文書宛先 | |
発行日 | 1993.7.31 |
発行所 | 社会評論社 |
ページ | 69 |
出典備考 | |
備考 |
テキサス大学図書館公開の中国地図・新郷(シリーズL500、1954~)の焦作西方に「博愛」がある。清化鎮は見えず。本地図の下部左寄りである。現在の地図の同所は「博愛県」である。博愛県の中に「清化鎮」がある。テキサス大学図書館公開の中国地図・新郷は次を参照のこと。 http://legacy.lib.utexas.edu/maps/ams/china/txu-oclc-10552568-ni49-4.jpg |