出典種別 | 兵士の回想録等 |
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現在の地域情報 | 山西省 太原市 晋源区 棗元頭村 |
資料にある地域情報 | 山西省 棗元頭 |
慰安所があった時期 | 1943年12月 |
記載内容 | 棗元頭は現在姚村と呼ばれており、清源の北にあります。昭和18年12月に兵長進級し赴任した私がここの5,6名の分遣隊長として赴任したことはお話ししました。実はここで私は大変恥ずべき事をしています。それはこういう事です。私が赴任したとき、前隊長が申し送り事項として言うには、ここの保安隊の小隊長の奥さんと妹は、彼が公用で太原に出張する時に、分遣隊長がその留守宅に行けば相手をしてくれることになっているというのです。私は1回だけですが、そこに行ってご馳走を食べ、「遊んで」朝に帰ってきました。 |
証言者 | 近藤一 |
証言者属性 | 日本軍兵士 |
部隊名 | 独立混成第4旅団独立歩兵第13連隊第2中隊 |
資料タイトル | ある日本兵の二つの戦場-近藤一の終わらない戦争 |
著者、公文書発信者など | 内海愛子・石田米子・加藤修弘 |
公文書宛先 | |
発行日 | 2005.1.20 |
発行所 | 社会評論社 |
ページ | 79 |
出典備考 | 注:証言者は「棗元頭は現在姚村と呼ばれており、清源の北」にある旨述べていて、確かに清源鎮の北にあるが、棗元頭村の近くの南西に「桃村」が別途存在する。ここでは桃村ではなく、棗元頭村でとった。 |
備考 | 保安隊:中国人によって組織された対日協力の傀儡軍/太原の南西方向に棗元頭村がある。 |