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資料の詳細

出典種別 兵士の回想録等
現在の地域情報安徽省 馬鞍山市 当塗県
資料にある地域情報安徽省 太平(当塗県)
慰安所があった時期1941年夏
記載内容当時の太平には慰安所が2軒あった。医務室から塀と塀との間の迷路のような路地を、東北方へ200米ぐらい行った所にあるのが古くからあった方で、上海館だったか朝日館だったかそんな屋号だった。親爺は鮮人で、女も多くは平壌附近出身の朝鮮婦人である。反対に、医務室から溝川沿いの狭い道を南へ200米ほど行くと、東西の賑やかな稍々広い道へ出る。そこを東へ少し行った左手に「日之出館」というペンキ塗りの横看板が懸かっていて、その下の路地を数米はいったところの支那家屋が、16年の夏ごろから新しく開店した慰安所である。親父は日本人で、九州男児だと威張っていた。女は紹興附近から金で集めて来たという姑娘である。・・・女の数は両方とも10名前後であったが、これの検黴が軍医の仕事である。1週1回の検黴を、古い方の店は夫子廟の北部で、県の官公署が散在する一廓にある紅卍会の建物を借りて行った。
証言者前高英
証言者属性日本軍兵士
部隊名歩兵第60連隊第3大隊本部
資料タイトル江南の雲 歩兵第六十連隊の記録≪中支篇≫
著者、公文書発信者など[江南の雲]編集委員会
公文書宛先
発行日1971.11.3
発行所六〇会
ページ594
出典備考第3大隊本部 前高英「2 太平好日」
備考 テキサス大学図書館公開の中国地図・合肥(シリーズL500、1954~)に「当塗」がある。地図の右端中央にある。現在の地図で同所は「馬鞍山市当塗県」である。テキサス大学図書館公開の中国地図・合肥は次を参照のこと。
http://legacy.lib.utexas.edu/maps/ams/china/txu-oclc-10552568-nh50-3.jpg
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