出典種別 | 兵士の回想録等 |
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現在の地域情報 | 上海市 |
資料にある地域情報 | 上海 |
慰安所があった時期 | |
記載内容 | 通りを眺めながら歩いていた隊長は突然、一軒の家に入っていった。何処で情報を入れたのか、それは開設準備中の「慰安所」であった。上海には一般の遊ぶ所があまり多いので、空河君はその様な軍の施設を見るのは初めてであった。慰安所には、半島出身者と中国人との二種類あり、それぞれの民族の親方に引率されていた。部隊が作戦で移動すると、彼女達も親方に引率されて、儲かりそうな土地へ移動して行くのであった。兵隊は衣食住の全てを軍から給与されているから、兵士の給料の殆どは彼や彼女等のポケットに入って行く。親方は勿論、彼女達の収入も予想外に多いのである。物語で聞く日本の私娼窟の女と違って彼女達の表情は意外に明るいのであった。・・・軍の監督で週一回の検黴(性病検査)があり、これで指摘された女は一週間の営業停止である。産婦人科専門の三原さんが衛生兵を一人つれて毎週通うことになった。 |
証言者 | 空河晴天 |
証言者属性 | 日本軍兵士 |
部隊名 | 第21旅団 ニ野病(第二野戦病院か?) |
資料タイトル | ドクトル・アメンボー後悔記-一軍医の太平洋戦争従軍記- |
著者、公文書発信者など | 空河晴天 |
公文書宛先 | |
発行日 | 2002.7.15 |
発行所 | 近代文芸社 |
ページ | 46-47 |
出典備考 | |
備考 |