証言,公文書等,様々な文書を徹底調査

資料の詳細

出典種別 兵士の回想録等
現在の地域情報湖北省 武漢市 黄陂区
資料にある地域情報湖北省 黄坡
慰安所があった時期1939年10月24日
記載内容黄坡地区警備
10月24日曇 
昨夜は関口で天幕露営なり、5時から歩哨に立つが払暁の冷え込みはきつい。8時出発。行けども行けども果てしない、大平原の悪路の7里だ。・・・17時黄坡に到着す。黄坡はあ空家の市街の中頃にクリークがあり、大いなる城門があり、豊享門とある。城内には軍隊のみで、支那人は城外に難民区が設けられそこに営住す、黒き城壁は周囲を数里と言う。生水の注意あり、黄坡は大阪4師団の警備である。(註34師団)この辺りは匪賊が出没し、毎日のように討伐があるとの事なり。正規軍は大別、大伏山系にいるらしい、黄坡は慰安所、食堂もありで賑やかであった。
証言者編纂部
証言者属性日本軍兵士
部隊名
資料タイトル湖北 第三十九師団通信隊小史
著者、公文書発信者など39DTL会黄坡会
公文書宛先
発行日1972.8
発行所39DTL会黄坡会
ページ111
出典備考
備考 アジア歴史資料センター:C12122427800の6170「第39師団通信隊略歴」中に「昭和14 10.8 宇品港出帆 10.19湖北省漢口上陸 爾後湖北省黄坡付近の警備 昭和15 4.13 宜昌作戦のため黄坡出発」とある。武昌50万分の1の地図に、漢口の北方に「黄坡」がある。テキサス大学図書館公開の中国地図・漢口(シリーズL500、1954~)に「黄陂」がある。地図の「4-1」にある。現在の地図で同所は「武漢市黄陂区 」である。テキサス大学図書館公開の中国地図・漢口は次を参照のこと。
http://legacy.lib.utexas.edu/maps/ams/china/txu-oclc-10552568-nh50-5.jpg
テキストのコピーはできません。