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資料の詳細

出典種別 被害証言
現在の地域情報広東省 広州市 増城区
資料にある地域情報増城
慰安所があった時期1939年
記載内容軍の非常さというより、軍隊とは戦争目的のためならどんなことでも平然と実行していくということであり、いまひとつ言えば、これは一過性の戦争ならここまでしなかったであろうが、日本陸軍が中国への半永久的駐屯(軍事占領)を計画していたことの証しであった。事実、中山大学から、すぐ増城へ歩兵第124聯隊は移動させられている。広東と香港を結ぶ“広九鉄道”の中央を北からにらむ要衝である。慶子たちもこの増城に移動させられたのはもちろんだが、そこから聯隊は香港の北につらなる派潭壚、大汾嶺、羅浮山などを攻撃するのである。
証言者笹栗フジ(慶子)
証言者属性日本人被害者
部隊名
資料タイトル従軍慰安婦・慶子
著者、公文書発信者など千田夏光
公文書宛先
発行日1981.11.30
発行所光文社
ページ192
出典備考
備考 香港50万分の1の地図に広東の東方に「増城」がある。広九鉄道から少し北にある。現地図で同所は「増城区」の中心部である。テキサス大学図書館公開の中国地図・KUANG-CHOU(シリーズL500、1954~)の広州東方に「増城」がある。地図の「8-7」にある。現在の地図で同所は「広州市増城区」中心部である。テキサス大学図書館公開の中国地図・KUANG-CHOUは次を参照のこと。
http://legacy.lib.utexas.edu/maps/ams/china/txu-oclc-10552568-nf49-4.jpg
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