出典種別 | 公文書・軍関係資料等
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現在の地域情報 | 中部ジャワ州 プルウォレジョ |
資料にある地域情報 | プルワレジャ(中ジャワ)の軍病院 |
慰安所があった時期 | 1943年5月 |
記載内容 | 【原文英語】売春:1943年、プルワレジャ(中ジャワ)の軍病院が閉鎖され、日本軍用の売春宿として使用された。これは鉄条網で囲われ、門は日本人警官が警備していた。兵士用の売春宿は、1943年5月には、マゲラン(中ジャワ)の元第7大隊兵舎の近くに置かれていた。この情報提供者は、そこではジャワ人少女だけしか見なかった。日本軍将校用の別の売春宿は、マゲラン(中ジャワ)のロゼ・ホテルの、ある建物の中にあった。1943年6月、マゲランのポントジョルにあったホテル・モンタギューは、現在はホテル・タナカというが、ここは、毎日午後、日本軍将校でいっぱいになった。すべてのエンターテインメントのやり方は、食事と酒の提供ではじまり、ホテルの部屋にひかえる女性の提供にいたるというものだった。最も人気のある夜は月曜日で、50名から100名の日本軍将校がやってきた。 |
証言者 | ジャワ人11名 |
証言者属性 | 蘭印軍兵士だったが、日本軍の兵補にされた。1944年に連合軍により解放された。 |
部隊名 | |
資料タイトル | オランダ軍情報機関(NEFIS)尋問報告 506,508-510,519,528,529,532,536,541,548合併号 |
著者、公文書発信者など | |
公文書宛先 | |
発行日 | 1944.11.30 |
発行所 | |
ページ | |
出典備考 | 米国国立公文書館所蔵/オーストラリア戦争記念館所蔵//wam公文書サイト:FM_011 |
備考 |
翻訳は吉見義明「資料紹介 インドネシアにおける日本軍「慰安婦」に関する資料ー『NEFIS尋問報告から』」『季刊戦争責任研究 第41号』2003年秋季号参照
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