出典種別 | 兵士の回想録等 |
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現在の地域情報 | 東ジャワ州 スラバヤ |
資料にある地域情報 | スラバヤ |
慰安所があった時期 | 1943年4月 |
記載内容 | 4月1日(木)晴。スラバヤ。 ・・・サクラを出てIrianastratの慰安所へ行く。きょうは外の慰安所がみな休業で遊客が全部ここへ殺到したよしで一人もいず、ベチャで出鱈目にチャリチャリに出かける。・・・インドネシヤのbordelあり。いやらしきやつ3人ばかりいる。・・・ 4月9日(金)晴。スラバヤ。 ・・・ほかの飯店を探そうと戸外へ出るとそこにいたインドネシヤ向いにそれがあるという。行って見ると海軍軍属慰安所という看板がかかっている。越智君、まだこんなものがあるのを聞いたことがないという。入って見ると薄暗い広いロビーなり。若い女出てくる。一見して姑娘なり。何か人ずきする顔をしている。きょうは休みゆえ、また来てくれという。ここに姑娘の奇麗なのが10人ばかりいるという。 4月17日(土)晴。スラバヤ。 ・・・ルネ、すまぬすまぬとあやまる。おれ耳にもかけず、いつか行こうと思っていたBongaranの下士官慰安所の方へ走らせる。・・・入って見るとたしかに先日の家なり。部屋を一つずつ覗いて見たが格別のものも居らず。大いに期待を裏切られ重ね重ねゆえいやになる。ちょうどいま客をかえしかけているpronpanちょっと人好きがするので、どうせきょうは帰られぬゆえ、そこへ泊ることにする。 |
証言者 | 久生十蘭 |
証言者属性 | |
部隊名 | 海軍報道員 |
資料タイトル | 久生十蘭「従軍日記」 |
著者、公文書発信者など | 久生十蘭 |
公文書宛先 | |
発行日 | 2007.10.4 |
発行所 | 講談社 |
ページ | 80, 86, 93 |
出典備考 | 注:原注は次のとおり。IrianastratはIriana街(通り)。bordelは売春宿。Bongaranには注なし。地名と思われる。pronpanは女性。 |
備考 | スラバヤはジャワ島東部の、マドゥラ島に接する位置にある。アジア歴史資料センター:C14061153900に2万分の1の「スラバヤ市街図」がある。地図欄外には「18年6月」とある。文字がつぶれてい読みにくいが、これを北側から見ると「北慰安所」(タンジョンペラのバタビヤ)、「軍属慰安所」(北部の警察署の東、スラバヤ駅の北)、「下士官兵慰安所」(監獄の東)、「南慰安所」(高等中学校の東)がみえる。これ以外に倶楽部と称するものがある。Iriana街は不明だが近い発音の通りとしてアジ歴のスラバヤ市街図に「ユリアナ」があり、この近くに「中陸軍将校倶楽部」がある。海軍軍属慰安所は「軍属慰安所」のことであろうか。Bongaranの下士官慰安所は「下士官兵慰安所」のことであろうか。 |