記載内容 | 彼は「それじゃあ俺について来い。よいところへ連れていってやる。もう2,3日もすれば、敵の攻撃は避けられない情勢らしいから、いつ死ぬかわからんでのう」と、たたみ込んで来た。F兵曹のいう「よい所」というのは、おおよそ見当がつくが、私は全く興味がない。・・・バリックパパンの街の中心部でトラックを降り、やや長い坂を上りながらもF兵曹との対話は続く。・・・「それなら貴様童貞か、アッハッハ……、予備工(工作科予備補習生出身者)の連中は、お堅い奴が多いんじゃのう。俺が今日、お前を男にしてやる。童貞のままで死ぬ馬鹿がおるか。よい目をしてから死ね。童貞を捧げたら女は喜ぶぞ」などとF兵曹は大声でしゃべりながら、心が急ぐのか、先へ先へと歩いていく。辿りついたところは日本女性のいる慰安所らしく、多数の古参兵もぞろぞろ坂を上がってくる。ぜいたくな造りのオランダ風の1戸建ての家が沢山ならんでいて、熱帯樹の植込みもきれいに手入れされている。1戸建ての邸宅が女性達1人に1つづつあてがわれているみたい。・・・兵士達が「白馬」と呼んでいる洋製のブランデー「ホワイト・ホース」を私の杯に注いでくれた彼女は、自分も少し飲みながら「私、八重子と言います。18歳です。出身はC県。こんなところとは知らず内地から連れられてきました。だから貴方のいう気持ちがよくわかります。でも、死に急ぐ事はないのですから、もし生き残ったとしたら、必ずもう一度逢いに来て下さいね。今度は1人で……」と言って、窓の外に眼をやっていた。自分の来し方を想い返し泣いているようでもあった。 |