出典種別 | 兵士の回想録等 |
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現在の地域情報 | 東カリマンタン州 バリクパパン |
資料にある地域情報 | パリックパパン |
慰安所があった時期 | 1945年6月 |
記載内容 | N兵曹が外出時になるとサイド―カを必ず兵舎前に止めていて、出て来る若い兵隊に、「乗って行かないか」と同乗させてくれる、車を走らせながら、「筆下ろしをさせてやるから追いて来い」である。慰安所まで一緒に行くが中へ入れば別々である。順番を待つ間、1人済む毎にドアの中から女が洗面器の中の水に、使用済みのゴム製品浮かべ捨てに出て来る。それを何度か見ていると意欲どころか、こうして待っている自分が惨めに思えてくる。別に現地の女を軽蔑して居るのでもないし、(今の儘で死のう)と思った事も無いが、こんな気持ちになるともうだめである。海仁会の甘い食い気の方へ向いてしまう。「俺と一緒に来い、もっと良い所に連れていってやる。」と、次の外出日に別の古参兵、やはり慰安所である。門の中側に楽隊が居て軍歌を吹奏して居る。兵隊を見ると急に音を大きくして景気づける。建物は幾棟も並んで建っている、その土間になって居る軒下を通りながら、「此処は年増であるが日本の女である。我々下士、兵は相手にしてくれぬから見て行くだけ。外は何処ででも良い奴を選べ」と消えて行く。 |
証言者 | 太田義一 |
証言者属性 | |
部隊名 | 第22特別根拠地隊 |
資料タイトル | 第二十二特別根拠地隊 鎮魂をこめて語り継ぐ |
著者、公文書発信者など | 太田義一 |
公文書宛先 | |
発行日 | 1999.6.30 |
発行所 | 私家版(富山県八尾町) |
ページ | 98-99 |
出典備考 | 注:101pに「パリック沖」とあり、アジ歴グロッサリーでは「第22特別根拠地隊は陸軍半個大隊とともにバリクパパンの防衛に従事することとなった」と解説している。 |
備考 | バリクパパンは東カリマンタンの海岸沿いにある。 |