出典種別 | 兵士の回想録等
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現在の地域情報 | 南スラウェシ州 マカッサル |
資料にある地域情報 | マカッサル |
慰安所があった時期 | 1944年4月 |
記載内容 | 司令部に行き、士官室で夕食を食べる。・・・食後、短期現役として大学から海軍に入った沖田主計大尉が、「今から前線の事情を教育するからついてこい」。と大川隊に行く。大川隊とは行ってびっくり、料亭であり、芸者もいる。部屋は純日本式で、入って席につくと「まだ芸者のこぬうちにいうが22日ニューギニア、ホーランジャに敵が上陸を開始し、零戦が空襲で大部焼かれた。君たち対空砲台指揮官はこれからが大変だぞ。今夜は君たちのために席をとった。大いに飲んで楽しくやろう。着任したらガンバレ」その時芸者、仲居が酒肴を持って入り、三味線も入り飲めや歌えの大騒ぎとなった。・・・彼のいう日本女性とは、水交社の2名の日本女性のことであるが、ケンダリー半島では住友診療所の2名の日本人看護婦のみであるが、マカッサルには水交社の女性以外、民生部、商社、料亭遊廓にも日本女性がいた。 |
証言者 | 国分俊一 |
証言者属性 | 日本軍兵士 |
部隊名 | 第101防空隊 |
資料タイトル | 南海の青春 |
著者、公文書発信者など | 国分俊一 |
公文書宛先 | |
発行日 | 1985.8.15 |
発行所 | 震洋通信 |
ページ | 144-145、230 |
出典備考 | 著者略歴に「昭和19年4月1日任海軍予備少尉第101防空隊(セレベス島ポマラ)付」とある。本証言の、大川隊とは重村實の『特要員と言う名の部隊』の中に「マカッサルに大川と言う高級料亭を経営」とある料亭のこと。 |
備考 |
著者略歴に「昭和19年4月1日任海軍予備少尉第101防空隊(セレベス島ポマラ)付」とある。
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