出典種別 | 目撃証言 |
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現在の地域情報 | 沖縄県 国頭郡 本部町 字伊豆味 |
資料にある地域情報 | 伊豆味の国民学校の隣 |
慰安所があった時期 | 1944年10月 |
記載内容 | 伊豆味国民学校のすぐ隣りにカヤで囲んだ2棟の慰安所があった。昭和19年の10月ごろから米軍が上陸する翌20年4月まで、10名程の朝鮮人慰安婦がそこにいた。20代の若い女性たちで、年が上でも24~25歳であった。10・10空襲で焼け出され、辻から連れてきた沖縄出身の女性7~8人が同じ慰安所で働いていた。主に将校と下士官が出入りしていたが、兵隊も1週間に1度の外出許可のある場合、相手となっていた。部隊ごとに順番があって、時間まで順番を待っていた。晩の5時から真夜中の12時まで列をなし相手をしていた。宇土部隊の2個大隊5百人がマブ山に本部を構えて、17~18人の慰安婦を利用していた。 |
証言者 | 名渡山兼助 |
証言者属性 | 防衛隊員 |
部隊名 | |
資料タイトル | オキナワ戦の女たち-朝鮮人従軍慰安婦 |
著者、公文書発信者など | 福地曠昭 |
公文書宛先 | |
発行日 | 1992.8.30 |
発行所 | 海風社 |
ページ | 70 |
出典備考 | 注:ウエブサイトで本部町立伊豆味小中学校の学校概要を見ると、1941年に伊豆味国民学校に改称されたが、その後、1954年に伊豆味小学校、伊豆味中学校に改称され、特に移転のないまま現在に至っている。従って、伊豆味国民学校とは現在の本部町立伊豆味小中学校のことである。大井川の上流が同学校の東南を流れている。 |
備考 | 本部半島のほぼ中央部に伊豆味がある。 |