| 出典種別 | 兵士の回想録等 | 
|---|---|
| 現在の地域情報 | 江蘇省 南京市 | 
| 資料にある地域情報 | 南京 | 
| 慰安所があった時期 | |
| 記載内容 | 汚水のよどむ運河に架かる橋を渡ると、白布に“日支親善慰安所”“兵用特殊慰安所”“将校慰安所”と書いた幟を見たが、わたしは芝居か落語の小屋のようなものだろうと思い、なかなか行き届いたものと感心したものの、それが“売春所”だと知ったときは唖然としてしまった。・・・ ここ南京滞在中、わたしの生涯に特記されてよいことが3つあると思う。腕力ざたを辞さなくなったこと。“特殊慰安所”に行ったこと。髭を生やしたこと、である。  | 
| 証言者 | 植村鶴吉 | 
| 証言者属性 | 日本軍兵士 | 
| 部隊名 | |
| 資料タイトル | 湖北省侵攻記 陽羅から龍仙舗まで | 
| 著者、公文書発信者など | 植村鶴吉 湖北省侵攻記刊行委員会 | 
| 公文書宛先 | |
| 発行日 | 2005.12.8 | 
| 発行所 | 湖北省侵攻記刊行委員会 | 
| ページ | 16-17 | 
| 出典備考 | 日支親善慰安所の所在地が南京市内としかわからずa-4560の日華親善館と同一かは不明。16pの上記記述の直後に「宿舎とされた南京中央大学学生寄宿舎」とあるが、もし、南京中央大学の近くなら、現在の地図の玄武区に中央大学旧址がある。もし、日華親善館と同一なら、泰准区である。いずれも確証はなく、ここでは南京市とした。 | 
| 備考 | 日華親善慰安所 |