記載内容 | それから、どのくらいの時が流れたか。私は、ふと上方に女の声を聞いた。「おじさん、あたいたちも、はいらせて……」せっぱつまっての哀願だった。私は、反射的に顔を上げた。若い女が2人、穴の縁に立ってのぞき込んでいた。「駄目だよ。この中は狭いんだ」・・・「おじさん、そう言わんと、助ける思って……」女たちはそう言うが早いか、強引に穴の中へ飛び降りてきた。激しい砲撃が依然としてつづいていた。女たちは最前の私と同じように危険に曝されていた。その危険感が否応なく、彼女たちを穴の中へ飛び込ませた。生理的、本能的な衝撃が、私の拒否を無視させたのだ。「困った奴らだなあ」私は腹立ちまぎれに悪態をついたが、そのときすでに、私の心からは、拒否の感情が消え失せていた。私は、この場合、彼女たちを頑強に拒否するほど個我に徹しきれる男ではなかったが、それと同時に飛び込んできた2人の女のうちの1人が、まんざら、無縁の女でないことに気づいたからである。女は2人とも、黒いニッカースをはき、赤い半袖の防暑衣をつけていたが、そのうちの1人、丸顔で小肥りの女が、春子という慰安婦だったのである。春子ー私にとっては、ほんのゆきずりの女だった。島の中心地、西海岸中央部のアガナ街にあった「あかし」というあいまい屋で、交合の時間を含めてわずか1時間ばかりつき合った女。私は、この島へ着いてから好んで、スペインの血の混じった土民女のいる魔窟へ足を向けていたが、あるとき、ふと、日本女の肌に触れてみたくなった。・・・私は、内地の女を求めてアガナ街の裏通りを歩いた。そして、「あかし」で売れ残りの春子を発見した。春子は、和歌山県の生まれで、半年ばかり前、島へやってきたといったが、それ以上は明かさなかった。 |