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資料の詳細

出典種別 兵士の回想録等
現在の地域情報ダバオ地方 南ダバオ州 ダバオ市 ラサン
資料にある地域情報ミンダナオ島 ラサン地区 コロニー *コロニー飛行場はラサン地区にあった。
慰安所があった時期1944年5月
記載内容5月30日、船は任地のダバオ湾ラサン地区に入航し、翌日から荷上げ作業を始めたが、海岸が浅いので、輸送船から大型の大発で、何回も桟橋まで運んで全荷物を荷上げした。その夜、部隊は始めて飯盒炊さんを行い、上陸第1日を椰子林の下で最初の野営をした。部隊は「コロニー」飛行場建設の任務を帯びて、その近くの民家を兵営とし、上陸地点から荷物を運び、順次兵舎の体制を整えた。・・・また、宿舎の一番奥の1軒を「酒保」とし、2階に外階段を設け、2階を「ベニヤ板」で6部屋に仕切り、寝台も作った。これは大工出身の小島武上等兵の労作であった。なお、邦人通訳の森山さんの紹介を得て、武石主計少尉が内地から持参した女性用のワンピースの布を持参して、ダバオのボスを訪問し、「慰安婦」6、7名の斡旋を依頼した。1週間後に、ダバオのボスが指定した場所に、食肉受領の帰途、私達のトラックが立寄り、6人の原地女性を連れて来た。慰安所は小島上等兵の努力で2階に6部屋上り、1階の酒保開店からー1週間遅れて、「コロニー」兵舎の「慰安所」はひそやかに開店された。料金は下士官・兵は1回「50銭」将校は泊れるので「参円」とし、「突撃一番」のコンドーム使用を義務づけた。(注)この突撃一番のゴム製品は、昭和13年の戦時統制令により、軍の管理となり、武石主計少尉が豊橋の陸軍階交舎で購入、(1箱百個入りで定価5円也)これも標記の「臨時軍事費」消耗品費で購入した。
我が隊は、コロニー飛行場建設に取り掛かった6月末日、急拠中止となり、他の部隊が手掛けていたダバオ市西方の「リビー」飛行場建設に動員された。部隊は、ラサン地区のコロニー飛行場の仮兵舎から、ダリヤオン地区「トリー」の古河興業社宅の兵舎に移転した。・・・
証言者安藤博
証言者属性日本軍兵士
部隊名第126野戦飛行場設定隊(威第15390部隊)
資料タイトル威15390部隊 高野部隊ミンダナオ島戦陣記
著者、公文書発信者など高野部隊戦友会
公文書宛先
発行日1989.1
発行所高野部隊戦友会
ページ377-378
出典備考安藤博「高野部隊戦陣記 経理編」
備考 現在の地図のダバオ市の東端にラサンLasangがある。
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