| 出典種別 | 被害証言 |
|---|---|
| 現在の地域情報 | 黒龍江省 鶏西市 梨樹区 |
| 資料にある地域情報 | ソ連国境近い梨樹鎭 |
| 慰安所があった時期 | 1937年11月13日 |
| 記載内容 | ソ連国境に近い梨樹鎮という街まで連れていかれた『角喜久』の鶴子という女から『朝富士楼』の隣りの『福引楼』にいる松代という女に、それこそ1年半ぶりで手紙が来たのは、林長二郎(のち長谷川一夫)が芸界のごたごたから京都で顔を切られた日の翌日だったから、11月13日であった。・・・見せてもらった手紙は「はいけい、松代ちゃんはげんきですか、うちもげんきです」にはじまり、そこでは兵隊とおなじ食事が食べられること、兵隊たちが砂糖のいっぱい入った羊羹を何本も来るたび持ってきてくれること、三日に一度はお碗からあふれんばかりに肉の入った豚汁で何杯おかわりしてもいいのです、など食べることばかりが並んでいた。 |
| 証言者 | 鶴子 |
| 証言者属性 | 日本人被害者 |
| 部隊名 | |
| 資料タイトル | 従軍慰安婦・慶子 |
| 著者、公文書発信者など | 千田夏光 |
| 公文書宛先 | |
| 発行日 | 1981.11.30 |
| 発行所 | 光文社 |
| ページ | 46, 47 |
| 出典備考 | 注:長谷川一夫の事件は1937年11月12日。 |
| 備考 | 『満州帝国分省地図』の鶏寧街(鶏西市)の西南に梨樹鎮街がある。現在の地図で同所は鶏西市梨樹区である。ロシアの国境に近い位置である。 |