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資料の詳細

出典種別 兵士の回想録等
現在の地域情報黒龍江省 鶏西市 密山市 裴徳鎮
資料にある地域情報中ソ国境 興凱湖の北岸に近い斐徳(蜜山のあたり)
慰安所があった時期1941年
記載内容ソ満国境興凱湖の北岸に近い斐徳(蜜山のあたり)で、自動車連隊に軍医として配属された。彼が初めて慰安婦を見たのは、そのときである。彼は1944年までの4年間を前線で過ごしている。
ー私がいた斐徳には、3000人ほどの慰安婦がいました。兵舎から2、3キロほど離れた所に泥土のレンガ造りの粗末な建物があり、そこに20人ぐらいの慰安婦がいたのです。日曜日ともなると、慰安所の前には兵隊たちがずらり列を作って順番を待っていましたね。その慰安所は、入り口に慰安所規定が掲げてある軍専用の慰安所でした。料金は、1円か1円50銭ぐらいだったとおもいます。そこにいた慰安婦は、ほとんどが20歳前後の朝鮮人女性でした。日本人女性も5、6人いたように思います。
証言者中山光義
証言者属性日本軍兵士・軍医
部隊名自動車連隊
資料タイトル従軍慰安婦― 元兵士たちの証言
著者、公文書発信者など西野留美子
公文書宛先
発行日1992.4.30
発行所明石書店
ページ91-93
出典備考
備考 『満州帝国分省地図』の東安市の北に斐徳駅がある。現在の地図のハンカ湖は分掌地図では興凱湖と記されている。現在の地図の斐徳駅付近の地名は裴徳鎮である。
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