出典種別 | 兵士の回想録等 |
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現在の地域情報 | 河北省 保定市 定州市 |
資料にある地域情報 | 河北省 定県 |
慰安所があった時期 | 1943年後半 |
記載内容 | 私たちの駐屯している霊山鎮にも慰安所はありました。私たちの中隊の駐屯していた場所は敵性地区で、戦闘がいつもあるような場所でしたが、それでも3人の朝鮮人慰安婦がいました。大隊本部のある定県までかなりの距離がありますが、弾薬を運ぶとか糧秣を運ぶという任務があり、たびたび出張する用事があります。私はその定県にあった慰安所に馴染みの慰安婦がいました。どの朝鮮人慰安婦にも日本人の名前がつけられていて、彼女は月子という名前でした。ある日、彼女が泣き叫びながら、彼女が慰安婦にされたいきさつを吐露したことがあります。彼女が18、妹が16の冬のある日の早朝、警察が村を襲い、女という女を連れていった。いったん日本に連れていかれ、そこで将校から「お前たちは天皇陛下に召されて挺身隊としてお国の為に御奉公することになった。名誉なことである」。大きな倉庫に入れられて、そこに10日ほどいた。教育するから1人ずつ出てこいと言われ連れていかれると、閉めきった部屋で輪姦され、ああしろこうしろと言われて聞かないと殴る蹴るの暴行を受けた。別の倉庫には殺された女性が血みどろになって放置されていた。 |
証言者 | 岡部正実 |
証言者属性 | 日本軍兵士・軍曹 |
部隊名 | 北支派遣軍139連隊(鷲3908部隊) |
資料タイトル | 下士官として見た「皇軍」の姿 |
著者、公文書発信者など | 岡部正実 |
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出典備考 | 『季刊中帰連』第19号、2001.12.1、「中帰連」発行所、21ページ |
備考 | 略歴には「1940 139連隊(鷺3908部隊)配属、1941 歩兵下士官候補者隊入隊、1942年 同校卒業、原隊復帰」とある。 |