出典種別 | 公文書・軍関係資料等 |
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現在の地域情報 | 河南省 漯河市 |
資料にある地域情報 | 漯河 |
慰安所があった時期 | 1943年 |
記載内容 | 年月を忘れたが、李万有は反動当局と結託して、日本軍への「妓女献納」をすすめていた。その時私は平房子の双合堂で妓女をしていたが、私達は第1回目に捕まったもので、警察病院に拘留され(当時、警察病院に拘留されたものは150名位いる)、警察病院に4,5日拘留された後、天津の北駅から列車に乗せられて河南省の漯河まで送られた。私と一緒に漯河に送られた人はおよそ80人位、途中では二食しかくれなかった。漯河で3か月置かれた後、金をくれるといったが、結局1銭もくれなかった。 |
証言者 | 王○○ |
証言者属性 | 中国人被害者 |
部隊名 | |
資料タイトル | 元妓女、王○○氏が李万有を告発する |
著者、公文書発信者など | |
公文書宛先 | |
発行日 | 1951.6.21 |
発行所 | |
ページ | |
出典備考 | 林伯耀「天津の日本軍「慰安婦」供出システム―偽「天津特別市政府」警察局の公文資料から」『女性・戦争・人権』第2号 |
備考 |
テキサス大学図書館公開の中国地図・淮陽(シリーズL500、1954~)の鄭県南方に「漯河砦」がある。本地図のほぼ中央左寄りである。現在の地図で同所は「漯河市」である。漯河市は鄭州と信陽の中間あたりに位置する。テキサス大学図書館公開の中国地図・淮陽は次を参照のこと。 http://legacy.lib.utexas.edu/maps/ams/china/txu-oclc-10552568-ni50-9.jpg |