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資料の詳細

出典種別 兵士の回想録等
現在の地域情報山東省 済南市
資料にある地域情報済南 三太馬路緯八路
慰安所があった時期
記載内容「三太馬路緯八路」といえば、済南の皇軍兵士たちが「女郎買い」に行ってくるときの合い言葉であった。済南の町はほぼ碁盤の目になっており、東西の通りと南北の通りを組み合わせたものが地名となっている点、京都(もともと中国の模倣)やニューヨークの市街地と同じである。西のはずれの緯八路まで出かければ、約100軒の中国式売春宿が軒を並べていた。経営者はほとんど日本人である。しかし、ここは憲兵隊もよくパトロールをしており、下級兵士が歩いていると呼びとめられることがあった。ここでの売春料は5,6円もするから、月給13円ほどの兵士がここで大金を使うことができるのは怪しいという理由らしい。
証言者証言者不明
証言者属性日本軍兵士
部隊名第59師団「衣」師団
資料タイトル天皇の軍隊
著者、公文書発信者など本多勝一・長沼節夫
公文書宛先
発行日1991.9.1
発行所朝日新聞社(文庫)
ページ290-291
出典備考
備考 現在の地図で済南は山東省の西部、黄河沿いにある。三太馬路緯八路は不明。市内の街路名と思われる。
※日本軍慰安所マップの地点としては反映させていない。
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