出典種別 | 兵士の回想録等 |
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現在の地域情報 | 山東省 済南市 |
資料にある地域情報 | 済南 |
慰安所があった時期 | |
記載内容 | 「軍人会館」も日本人の多い町にはたいていあった。割合まともな日本食を、手頃な値段で食えるということから、下士官や兵に人気があった。しかしここも夜ともなると将校たちが主流になって、女を求めて群がる場所と化していたようだ。上官が毎夜のように「今夜は日本人との会合があるので軍人会館に行くぞ」と当番兵に言い置いて隊外に出かけるのを、当番兵たちは陰でからかって噂話をしていたものだ。兵士は午後5時以降外出禁止になので、彼らのあとを追って行くわけにはいかなかったが、軍人会館がその種の“アルバイト”をやっていることはよく知られていた。 |
証言者 | 証言者不明 |
証言者属性 | 日本軍兵士 |
部隊名 | 第59師団「衣」師団 |
資料タイトル | 天皇の軍隊 |
著者、公文書発信者など | 本多勝一・長沼節夫 |
公文書宛先 | |
発行日 | 1991.9.1 |
発行所 | 朝日新聞社(文庫) |
ページ | 292-293 |
出典備考 | |
備考 | 現在の地図で済南は山東省の西部、黄河沿いにある。 |