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資料の詳細

出典種別 被害証言
現在の地域情報山西省 運城市 夏県 埝掌鎮
資料にある地域情報堰掌鎮 満丸
慰安所があった時期1939年
記載内容夏県にきてから1年ほど経ったころ、この福岡の大隊はさらに奥地へと移動した。この大隊の窓口として彼女の「めんどう」をみていた副官の岩尾氏がある日ふらりとやって来て、「いっしょに行くかね」と誘った。・・・夏県からさらにトラックで3時間ほどかかるエンショウ鎮に単身行くことになった。・・・黒須かなが大隊副官の岩尾氏に呼ばれてエンショウ鎮に着いたときは、すでに朝鮮人慰安婦たちが城内にいた。全部で8人、夏県と同じように男の朝鮮人親方が2人で4人ずつ管理していた。・・・ここでも彼女は中国人の空き家をあてがわれた。建築隊の村越氏のほか7人の兵隊がやってきて、やや広い空き家を整理し改造した。・・・ここで彼女は「満丸」という屋号を思いついた。・・・彼女は、軍隊から受け取った金を持って山西省の省都である太原に女を探しに行った。・・・
証言者黒瀬かなよ(黒須かな)
証言者属性日本人被害者・慰安所の管理者
部隊名
資料タイトル戦争と人間の記録・軍隊慰安婦
著者、公文書発信者など金一勉
公文書宛先
発行日1977.12.30
発行所現代史出版会
ページ166-169
出典備考上坪隆「芸者・黒須かなの従軍」
備考 エンショウ鎮は堰掌鎮のこと。夏県の北にある。現在の名称は「埝掌鎮」である。テキサス大学図書館公開の中国地図・新絳(シリーズL500、1954~)に「堰掌鎮」がある。夏県の北東方向、地図の「2-0」付近にある。現在の地図で同所は「夏県埝掌鎮」である。テキサス大学図書館公開の中国地図・新絳は次を参照のこと。
http://legacy.lib.utexas.edu/maps/ams/china/txu-oclc-10552568-ni49-3.jpg
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