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資料の詳細

出典種別 公文書・軍関係資料等
現在の地域情報山西省 運城市 絳県 横嶺関村 
資料にある地域情報横嶺関
慰安所があった時期1943年4月
記載内容1943年4月同部隊同職責中私が梁喜田に命じて女性を1人世話をする様に要求しました時、梁喜田は山西省聞喜県橋寺村の某中国人の妻である×××(年齢20歳前後)を緯県横水鎮にある梁喜田の家に脅迫して呼んで来、私は其処に於て夜る同女性を強姦すると共に姦通し、尚ほその后同女性を略奪して私の妻とし横嶺関に於て同居しました。1944年1月以後関係をたち私が司令部より霍県の小澤大隊に行った后、又聞喜県に小澤部隊が移駐した后此の間に同女性との関係を続け自己の獣欲を満足せしめました。(1954年11月22日調書)
証言者永富博之
証言者属性日本軍兵士・上等兵
部隊名第37師団第37歩兵団司令部情報室
資料タイトル自筆供述書
著者、公文書発信者など
公文書宛先
発行日1954.11.22
発行所
ページ
出典備考『日本侵華戦犯筆供』第4冊、2005.5、中国档案出版社、203ページ
備考 横嶺関は運城市の北東方向、緯県中心部の南方にある。テキサス大学図書館公開の中国地図・新絳(シリーズL500、1954~)に「横嶺関」がある。地図の「5-1」付近にある。現在の地図で同所は「絳県横嶺関村」である。テキサス大学図書館公開の中国地図・新絳は次を参照のこと。
http://legacy.lib.utexas.edu/maps/ams/china/txu-oclc-10552568-ni49-3.jpg
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