証言,公文書等,様々な文書を徹底調査

資料の詳細

出典種別 兵士の回想録等
現在の地域情報安徽省 滁州市 定遠県
資料にある地域情報定遠
慰安所があった時期1938年4月
記載内容そのひとり、シナリオライター野田高梧への1938年4月11日付の手紙に、おもしろい記述がある。おもしろいといっては語弊があろうから、貴重な、と言いかえよう。発信地は安徽省北部の定遠。部隊は2月以来ここに駐屯している。で、その興味深い、貴重な一節とはー
こゝに4日程前から慰安所が出来ました。慰安所とはトム、ブラウンの居ないアミー、ヂョリーの一群です。いかに人見知りをしない意馬心猿を以てしても、しかも酩酊余程度を過しての揚句でなけれバおいそれとハ退治の出来ない半島の舞姫(ルビ:チミモウリョウ)です。その慰安所心得左の如し〈抜粋〉
一、所内ニ於テハ静粛ヲ旨トシ他人ノ戦闘行為ヲ妨害シ又ハ慰安隊員ノ争奪等卑劣ノ行為ナキヲ要ス・・・
注:小津安二郎は5つの心得を抜粋している。一つだけ引用し他は略したが、性行為に関する心得を、防具、兵器の手入、戦争中などと、戦闘行動の如く表現している。
証言者小津安二郎(手紙)
証言者属性日本軍兵士
部隊名
資料タイトル小津安二郎と戦争
著者、公文書発信者など田中真澄
公文書宛先
発行日2005.07.22
発行所みすず書房
ページ76-77
出典備考注:田中真澄は73pに「小津安二郎伍長、のち軍曹は、30歳過ぎの後備役の”老兵”であったが、20名ほどの部下をもつ分隊長で、「班長さん」と呼ばれていた」と書いている。
備考 南京市の西方に滁州市があり、その更に西方に「定遠県」がある。テキサス大学図書館公開の中国地図・蚌埠(シリーズL500、1954~)に滁県があり、その北西に「定遠」がある。地図の右下部「6-9」にある。現在の地図で同所は「定遠県」である。テキサス大学図書館公開の中国地図・蚌埠は次を参照のこと。
http://legacy.lib.utexas.edu/maps/ams/china/txu-oclc-10552568-ni50-15.jpg
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