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資料の詳細

出典種別 兵士の回想録等
現在の地域情報安徽省 安慶市
資料にある地域情報安慶
慰安所があった時期1938年8月
記載内容この任務に沿って、安慶司令部は、盧州付近の舒城を兵站末地とする約2百キロの兵站線を敷き、線上の高家埠、桐城に支部を置いた。安慶支部は、鋤柄兵站から安慶ホテル(兵站旅館)単独宿舎、慰安所を申し受けて地区内の兵站業務を開始した。・・・慰安所は単独宿舎と並んで2軒あった。どちらも経営者は日本人で、安慶陥落直後、鋤柄兵站が前進するのにしたがって進出したものである。慰安婦はそれぞれ10人あまりをかかえ、日本人・朝鮮人半々であった。慰安所の衛生指導と性病検査は越川軍医が担当することになったが、その経営には支部はタッチすることなく、慰安婦の補充も業者が独自に上海方面から招いていた。・・・安慶支部が安慶ではじめて経験した宿営、給養、慰安所などの業務は、規模は小さいものの、やがて漢口で取り組むことになる大規模な業務の下敷きとなた。。
証言者長沢健一
証言者属性日本軍兵士・漢口兵站司令部付き軍医
部隊名中支派遣軍竜部隊
資料タイトル漢口慰安所
著者、公文書発信者など長沢健一
公文書宛先
発行日1983.7.20
発行所図書出版社
ページ17-19
出典備考
備考 テキサス大学図書館公開の中国地図・懐寧(シリーズL500、1954~)に「懐寗(ANKING)」がある。ANKINGは安慶と思われる。地図の中央左寄りにある。現在の地図で同所は「安慶市」である。懐寗の一部が安慶市として分離したようだ。テキサス大学図書館公開の中国地図・懐寧は次を参照のこと。
http://legacy.lib.utexas.edu/maps/ams/china/txu-oclc-10552568-nh50-7.jpg
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