| 出典種別 |               兵士の回想録等
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| 現在の地域情報 | 江蘇省 塩城市 東台市 三倉鎮 | 
| 資料にある地域情報 | 三倉河 | 
| 慰安所があった時期 | 1938年 | 
| 記載内容 | 三倉河という小さな町に入った。・・・蘇北戦線へきてはじめての無血入城だった。・・・村の有力者たちによって治安維持会がつくられると、隊長から、さっそく「姑娘はいないか」という申し入れが行われた。治安維持会の代表者たちは、「この町には商売女はいない。しかし素人娘でもよければ、近在の村々から探してくる」とこたえた。日本側は「素人で結構、至急よびあつめてくれ」といい、数日後、十数名の姑娘が治安維持会の手で集められ、日本軍のために慰安所を開設した。 | 
| 証言者 | 小俣行男 | 
| 証言者属性 | 従軍記者 | 
| 部隊名 |  | 
| 資料タイトル | 戦場と記者 | 
| 著者、公文書発信者など | 小俣行男 | 
| 公文書宛先 |  | 
| 発行日 | 1967.3.30 | 
| 発行所 | 冬樹社 | 
| ページ | 26 | 
| 出典備考 | 注:著者略歴に、本名は行夫。「昭和11年3月読売新聞社に入社 同13年1月従軍記者として中支戦線に特派」とある。 証言の直後、27pに「徐州会戦の作戦開始を待っていた」とあるから1938年のことか。 | 
| 備考 | 
著者略歴に、本名は行夫。「昭和11年3月読売新聞社に入社 同13年1月従軍記者として中支戦線に特派」とある。
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