出典種別 | 兵士の回想録等 |
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現在の地域情報 | 浙江省 紹興市 諸曁市 |
資料にある地域情報 | 杭州と金華の中間、諸曁(しょうぎ) |
慰安所があった時期 | 1944年12月 |
記載内容 | 121大隊本部は杭州と金華の中間、諸曁に移動していた。・・・同じ12月再度討伐が行われ、今度は南候補生が出動した。日曜日には外出してみたが、長年部隊本部の置かれた町であるが、慰安所の他何もない田舎町であった。 |
証言者 | 岡村真之 |
証言者属性 | 日本軍兵士 |
部隊名 | 121大隊 |
資料タイトル | 紫金の鵬翼 南京陸軍経理学校第二期生並に関係者の文集 |
著者、公文書発信者など | 第二紫金会事務局長 |
公文書宛先 | |
発行日 | 1987.11.3 |
発行所 | 第二紫金会(東京都杉並区) |
ページ | 97 |
出典備考 | |
備考 |
アジア歴史資料センター:C12122441300の2914「独立歩兵第121大隊(通称 槍第7152部隊)略歴」によると、「昭和19年10月2日諸曁到着」とある。/テキサス大学図書館公開の中国地図・TZ'U-CH'I(シリーズL500、1954~)に「諸曁」がある。地図の左上「3-9」にある。現在の地図で同所は「諸曁市」である。テキサス大学図書館公開の中国地図・TZ'U-CH'Iは次を参照のこと。 http://legacy.lib.utexas.edu/maps/ams/china/txu-oclc-10552568-nh51-9.jpg |