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資料の詳細

出典種別 兵士の回想録等
現在の地域情報湖北省 武漢市 礄口区
資料にある地域情報漢口 積慶里
慰安所があった時期1938年11月下旬
記載内容「それはよかった。しかし、南方に行って玉砕するようでは、せっかくの名玉もおしまいだからな。どうだい、この世の名残りと、キサマは玉の試運転も兼ねて、積慶里とやらへ乗りこもうではないか」佐々木少尉がご機嫌になって提唱した。・・・漢口には日本軍人と軍属の慰安用に、積慶里に紅灯街があった。中山路から横道に入った胡同(ふうとん)の奥深く、外地では珍しい大規模な遊廓で、不夜城というにふいさわしかった。内地から流れてきた古女郎、二流芸者のなれの果て、あるいは半島からの一と旗組などが雑居して荒稼ぎしていた。・・・積慶里の漢口慰安所は、昭和13年11月下旬に開業したもので、30の店が軒をつらね、約300人の慰安婦をかかえていたという。
証言者森金千秋
証言者属性日本軍兵士
部隊名支那派遣軍第39師団
資料タイトル常徳作戦
著者、公文書発信者など森金千秋
公文書宛先
発行日1983.9.10
発行所図書出版社
ページ208
出典備考
備考 テキサス大学図書館公開の中国地図・漢口(シリーズL500、1954~)に「漢口」がある。地図の左側中央「3-8」にある。現在の地図で同所は「武漢市礄口区」である。テキサス大学図書館公開の中国地図・漢口は次を参照のこと。
http://legacy.lib.utexas.edu/maps/ams/china/txu-oclc-10552568-nh50-5.jpg
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