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資料の詳細

出典種別 兵士の回想録等
現在の地域情報湖北省 武漢市 礄口区
資料にある地域情報漢口
慰安所があった時期1942年
記載内容中山路の中華街に向かう左側に、アーチに町名をとって“積慶里”と記した、軍公認というよりも軍公設の特殊慰安所があった。慰安婦は長崎から中国大陸へ送られてきたという内地人と、朝鮮ピーと呼ばれていた半島人で、他にチャンピーと蔑称された姑娘を集めた“六合里”があり、兵隊仲間の話では、六合里のほうが揚げ代がいくらか安いということだった。兵隊は外出の際には性病予防のために「突撃一番」と印刷された、鉄兜の図案のあるコンドーム入りの四角い紙袋を渡されたものである。
証言者長尾喜又
証言者属性日本軍兵士
部隊名
資料タイトル地の塵
著者、公文書発信者など長尾喜又
公文書宛先
発行日1996.5.20
発行所リーベル出版
ページ146, 159-162
出典備考注:163pに「3か月にわたる銃工兵教育は終了した」「3か月の間寝食を共にした戦友はそれぞれ所属の中隊に帰り、私も博学中学に戻るつもりであった」とある。慰安所の記述はこの3か月間の銃工兵教育中のこと。
備考 テキサス大学図書館公開の中国地図・漢口(シリーズL500、1954~)に「漢口」がある。地図の左側中央「3-8」にある。現在の地図で同所は「武漢市礄口区」である。テキサス大学図書館公開の中国地図・漢口は次を参照のこと。
http://legacy.lib.utexas.edu/maps/ams/china/txu-oclc-10552568-nh50-5.jpg
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