出典種別 | 兵士の回想録等 |
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現在の地域情報 | 湖北省 武漢市 |
資料にある地域情報 | 武漢 |
慰安所があった時期 | 1941年12月 |
記載内容 | 外出が許され、古年次兵に「生きて帰れんぞ」と脅かされ、入隊以来初めて慰安所へ連れて行かれ、日本女性と男女の交わりをした。女曰く「兵隊さん生きて帰れるかも知れん。これにサインして行きなさい。」と一冊のノートを出された。めくって見ると部隊名や官姓名が記入され「今生の別れ」「さようなら」と言った事が書かれていた。しかし書く気にもなれず思案していると、しつこく迫るので「ありがとう、久保」とだけ記した。正に青春、戦場に向かう若者の姿であった。 |
証言者 | 久保 |
証言者属性 | 日本軍兵士 |
部隊名 | 鯨兵団 |
資料タイトル | 私の従軍の思い出 |
著者、公文書発信者など | 鯨・悟戦友会 代表者 久保三男吉 |
公文書宛先 | |
発行日 | 1994.10.15 |
発行所 | 私家版 |
ページ | 156-157 |
出典備考 | 注:156pには「出動準備が進み、20日頃にはほぼ私達も心身共に準備完了であった」とあり、生きて帰れないかもしれないと、慰安所に行く。157pには「第二次長沙作戦に出動」とあり、この証言の時期が1941年12月であることがわかる。 |
備考 | p157に「第二次長沙作戦に出動」とある |