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資料の詳細

出典種別 兵士の回想録等
現在の地域情報湖北省 黄石市 下陸区
資料にある地域情報下陸という部落
慰安所があった時期1939年1月18日
記載内容大冶への街道約6里にの中ほどにある下陸という部落に向かう。ここは街道と鉄道との交叉点で、宣撫班の事務所になっている家屋がある。・・・「白天紅日旗下 可保安居楽養」「回郷種田地」のポスターが事務所のほか4,5軒しかない道端の家屋に貼ってある。「軍の医生」(軍医)が患者の胸を打診しておるポスターもある。兵隊が稲束を道端に山と積み、小輩が手伝っている。傍の飯屋の前には1メートルもある鯉や大きな黄色く黒い魚が売物にならべてある。この付近にたいした家屋はない。遥か向こうの田圃の中の家屋は慰安所になっている。
証言者佐々木元勝
証言者属性日本軍兵士
部隊名
資料タイトル続野戦郵便旗
著者、公文書発信者など佐々木元勝
公文書宛先
発行日1973.7.10
発行所現代史出版会
ページ188
出典備考
備考 注:高崎隆治は『「慰安所」・男のホンネ』でこの場所を「1939年1月18日、武昌の南東80kmの黄石港に近い部落」としている。武昌50万分の1の地図に大冶市の北方直ぐの所に「下陸」がある。現地図の黄石市下陸区がその位置に相当する。/テキサス大学図書館公開の中国地図・漢口(シリーズL500、1954~)に「下陸」がある。地図の下端中央付近「0-4」にある。現在の地図で同所は「黄石市下陸区」中心部である。テキサス大学図書館公開の中国地図・漢口は次を参照のこと。
http://legacy.lib.utexas.edu/maps/ams/china/txu-oclc-10552568-nh50-5.jpg
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