出典種別 | 兵士の回想録等 |
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現在の地域情報 | 湖北省 随州市 広水市 |
資料にある地域情報 | 応山 |
慰安所があった時期 | |
記載内容 | 応山の日本人街 着任してほどなく与えられた任務は慰安婦の検診であった。日本軍の占領地区には、部隊の後を追って城子軍の一団が進出してくる。応山もまたその例に漏れなかった。城内の一角に将兵用の喫茶店、小料理店、慰安所などが軒を並べ、小さな日本人街をつくっていた。慰安婦の検診はもともと野戦病院の受持ちとなっていたがのだが、突然変更されそのお鉢が衛生隊に回ってきたのである。・・・戦場にあって、いざ出動ともなれば明日をも知れぬ命である。兵士たちにとってみれば、束の間とはいえ、慰安所は命の洗濯場ともなり、生きるためのエネルギーの発散場所ともなっていた。そのため出動の前日とか、戦闘を終えて復帰した時など、慰安所は大変な賑わいをみせるのであった。 |
証言者 | 稲垣照相 |
証言者属性 | 日本軍兵士 |
部隊名 | |
資料タイトル | 中国・ビルマ戦線 陸軍予備軍医物語 |
著者、公文書発信者など | 稲垣照相 |
公文書宛先 | |
発行日 | 1981.12.20 |
発行所 | 旺史社 |
ページ | 51-56 |
出典備考 | |
備考 |
テキサス大学図書館公開の中国地図・安陸(シリーズL500、1954~)に「応山」がある。地図の右側中央上寄り「6-0」にある。現在の地図で同所は「広水市」である。テキサス大学図書館公開の中国地図・安陸は次を参照のこと。 http://legacy.lib.utexas.edu/maps/ams/china/txu-oclc-10552568-nh49-4.jpg |