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資料の詳細

出典種別 兵士の回想録等
現在の地域情報湖北省 荊門市
資料にある地域情報湖北省 荊門
慰安所があった時期1940年
記載内容野戦病院の規定外出日にあたるその日、三村一等兵はあまり得意でもない高梁酒を軍人ホームで飲み、そのあしで馴染みのいる慰安所へ向かった。慰安所は司令部の所在地でも2,3軒ぐらいしかなく、慰安婦は朝鮮人と現地の姑娘を合せて4、50人程であった。外出する兵は、通過部隊や出張で来ている兵も合せて多い日で1日数百人、所在の指定部隊だけの外出日でも2百人はくだらないので、慰安所は連日押すなの盛況である。昭和15、6年当時は軍票が使用されていた。無論日本銀行券と同額である。・・・荊門のような前線になると経営者は大抵朝鮮人で、家もバラック建、中国人の廃屋を改造したもの等で、坪数は4畳半、間仕切りは例のアンペラ、天井もないお粗末なもので声などは筒抜け、ただ普通にしておれば隣りの行為が見えないというだけのものであった。
証言者森金千秋
証言者属性日本軍兵士
部隊名
資料タイトル悪兵
著者、公文書発信者など森金千秋
公文書宛先
発行日1978.5.10
発行所叢文社
ページ40-41
出典備考
備考 テキサス大学図書館公開の中国地図・自忠(シリーズL500、1954~)に「荊門」がある。地図の下端中央右寄りにある。現在の地図で同所は「荊門市」である。テキサス大学図書館公開の中国地図・自忠は次を参照のこと。
http://legacy.lib.utexas.edu/maps/ams/china/txu-oclc-10552568-nh49-3.jpg
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