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資料の詳細

出典種別 兵士の回想録等
現在の地域情報湖北省 宜昌市 枝江市 紫荊嶺村
資料にある地域情報湖北省 当陽付近 紫金嶺
慰安所があった時期1945年8月
記載内容昭和20年8月13日、私は当警備地区事件も一段落をつけたので、本事件に関係のある紫金嶺という地名の最前線某戦闘部隊に飛んだ。・・・こんな淋しい精神的苦悩にかられながら30分ほど敵陣地を偵察して、再び警備地に戻り、収拾のつかない心を静めようと、部隊前にある小さな特殊喫茶店に立寄り、裏庭の涼み台に出た。この喫茶店は最前線に唯1軒しかない将兵の慰安を兼ねた今でいう特殊喫茶店であった。店には日本人の若い女給が3人ほどいた。現在でも名前を覚えているが範子という女性が私たちのところにやってきたので、彼女から、敵襲の経験談や警備隊の人々の話を聞いていた。
証言者宮崎清隆
証言者属性日本軍兵士・憲兵
部隊名
資料タイトル憲兵
著者、公文書発信者など宮崎清隆
公文書宛先
発行日1952.9.15
発行所富士書房
ページ208
出典備考
備考 宜昌50万分の1の地図に、宜昌市の東南方向に、「紫金嶺」がある。宜都市対岸の白洋(白洋鎮)から北東に延びる道路上に「紫金嶺」はある。同所を現在の地図で探すと、「紫荊嶺村」がこれに該当する。アジア歴史資料センター:C07091430800の公文書では紫金嶺は宜都県にあった。宜都県中心部は揚子江の南岸であるが、北岸の一部も宜都県であった。その他宜昌作戦に関係する要図に、宜都県の北東に「紫金嶺」が記されている。テキサス大学図書館公開の中国地図・宜昌(シリーズL500、1954~)の宜昌の南東に「紫金嶺」がある。地図の中央左寄り「4-7」にある。現在の地図で同所は「紫荊嶺村」である。テキサス大学図書館公開の中国地図・宜昌は次を参照のこと。
https://legacy.lib.utexas.edu/maps/ams/china/txu-oclc-10552568-nh49-7.jpg
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