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資料の詳細

出典種別 兵士の回想録等
現在の地域情報湖南省 岳陽市
資料にある地域情報岳州
慰安所があった時期
記載内容岳州は皇軍占拠の最前線である。・・・日本軍が入城した時、街に残った支那人は7人とかのことである。今はぼつぼつ難民が戻ってきているらしい。長江のか様な奥にも、恐らくもっと奥にも、豪壮なカトリックの天主堂が街の本通りにある。これは難民の収容所になっているとかである。中山公園がこの近くにあるが、名ばかりで建物とて何もなく、向こうの丘陵の断崖と狭く浅い谷をなしている細長い空地である。街の目貫きの通りは火災で廃墟になっている。〔火災は軍隊が入ってから起こった〕この中央に仰ぎ見る大きな薬屋(老薬号という)は壊れた煉瓦壁のみが残り、前に「兌換赤金」の両替屋の銀楼がある。表通りも裏通りも石畳で道は良いが、給水班のトラックがひどい埃をあげて疾走する。裏街はひっそりとし、廃屋には襤褸や什器が散乱している。廟廓をのぞくと、馬が繋いであったりする。廃屋に宿営している部隊の入口は歩哨が警戒し、正月を迎える立派な松竹の門飾りしている所もある。慰安所もできている。
証言者佐々木元勝
証言者属性日本軍兵士
部隊名
資料タイトル続野戦郵便旗
著者、公文書発信者など佐々木元勝
公文書宛先
発行日1973.7.10
発行所現代史出版会
ページ169
出典備考
備考 岳州は現在の岳陽である。テキサス大学図書館公開の中国地図・岳陽(シリーズL500、1954~)に「岳陽」がある。地図の中央左下寄り「0-5」にある。現在の地図で同所は「岳陽市」である。テキサス大学図書館公開の中国地図・岳陽は次を参照のこと。
http://legacy.lib.utexas.edu/maps/ams/china/txu-oclc-10552568-nh49-12.jpg
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