出典種別 | 兵士の回想録等
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現在の地域情報 | 湖南省 岳陽市 臨湘市 長安 |
資料にある地域情報 | 長安(岳州の北方約35キロにある鉄道沿線の町) |
慰安所があった時期 | 1944年 |
記載内容 | 以後、崇陽ー平江間の“乙兵站線”が開設されるまでの間、岳州の北方約35キロにある粤漢鉄道の沿線の町・長安付近に宿泊して長安駅あるいは、そこからさらに約3キロ武昌寄りの羊楼洞駅付近の物資集積所から岳州を経て、その南方20キロの新墻河畔の卸下地点まで兵站物資の区間輸送に従事した。・・・そんな明け暮れのある日、前日、武漢地区から長安に着いたばかりの巡回慰安所の朝鮮人慰安婦と、これに同行している世話係りの兵站部隊の上等兵が抱き合ったまま手榴弾で自殺を遂げるというショッキングな事件が起きた。その日、たまたま当直勤務で、輸送行動に出ずに宿営地に残っていた野川軍曹のもとへ、青い顔で飛び込んで来た兵站部隊の下士官が、その旨を告げ、心中現場から町外れの丘の麓にある仮設火葬場まで遺体をクルマで運んで呉れと頻りに頼む。事情が事情なので、そう無下にも断れず、彼は当直将校の処へ相談に行き、その許可を得てクルマを1台持って頼みに来た下士官の案内で現場に赴いた。そこは、駅裏のあき家になっている四囲の壁が土煉瓦の民家で、仮設慰安所の施設に当てられていた。・・・壁ぎわの片隅に数人の女が固まるように座り、体を震わせて激しく泣き入っている。そんな中で、故人の生前に余程親しかったのか、それとも気丈なのか、同じ慰安婦と覚しき若い女一人、血潮で赤く染まった手で、死んだ上等兵の戦友らしい兵隊とともに黙々と散乱する肉片等の残滓を拾い集め、麻袋の中へ入れている。 |
証言者 | 市川宗明 |
証言者属性 | 日本軍兵士 |
部隊名 | 独立自動車第83大隊 |
資料タイトル | 火の谷 |
著者、公文書発信者など | 市川宗明 |
公文書宛先 | |
発行日 | 1979.8.1 |
発行所 | 叢文社 |
ページ | 30-31 |
出典備考 | 著者略歴に「19年再び中支に出動し湘桂作戦参加、20年南部粤漢打通作戦および苫江作戦参加」とある。1944年のことと思われる。 |
備考 |
著者略歴に「19年再び中支に出動し湘桂作戦参加、20年南部粤漢打通作戦および苫江作戦参加」とある。
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